「『かわいい』『やばい』が口癖になって、文化について語る語彙が貧しくなっている気がする人には、履修を勧めます」。
大学の授業シラバス(授業の内容をまとめた計画書)に書かれたこの一文を読み、「履修を決めました」という学生が数名現れた――。そんな投稿がXで478万回以上表示されるなど、注目を集めました。
投稿したのは、大妻女子大学准教授で美学が専門の森功次/MORI Norihide(@conchucame)さん。担当する全学共通科目(学部や学科を問わず履修できる科目)「哲学と思想」は1年生から4年生まで履修できます。どんな思いがあったのか、話を聞きました。
森さんがシラバスにこの一文を書いたのは、学生たちの言葉遣いが気になっていたからです。最近、「やば」が口癖になっている学生が増えたと感じていたといいます。
一文が実際に学生へ届いていたことは、初回の授業で分かりました。「なぜこの授業を取ったのか」をリアクションペーパー(授業後に学生が感想や質問を書く用紙)に書いてもらったところ、何人かが「この一文を読んで履修を決めました」と回答したのです。
教室に集まった今年度の履修者は91人。「今年は例年よりだいぶ増えたなという印象があります。倍くらいです」と話します。
「うれしいも楽しいも危険も不都合も全部ヤバいで片付ける」
投稿には、自分の言葉遣いを振り返るコメントが並びました。「『かわいい』『やばい』しか言えなくなってる気がしてたから、こういう授業めっちゃありがたいよね。語彙力鍛えたい!」「うれしいも楽しいも危険も不都合も全部ヤバいで片付けるからたまに意味どっちかわかんない」
「全ての反応、感情表現を『やばい』『エモい』『エグい』『キモい』 ネット上だと『草』『メロい』で済ませたり」と、具体的な例を挙げる人も。森さんのもとにも「『エグい』も同様の語になってきている」という指摘が多く寄せられたそうです。
言葉を探すことそのものに目を向ける声も上がっています。「かわいい、やばいで済ませられる時代だからこそ、あえて別の言葉を探す面白さがある」「いろいろな表現をする際に、語彙が豊富だと細かく伝わりやすくなる」「何がどう美しいかを自分の言葉でちゃんと言語化できる人ってほんとに知性があってめちゃくちゃかっこいいと思う」という投稿もありました。
授業への関心も集まり、「私も履修したい」「マスコミュニケーション界は履修必須のような気がします」。履修を決めた学生に対しては「若い子で危機感持ってるの偉すぎる」「刺さる学生がちゃんといるの素敵ですね」と、好意的な反応が寄せられました。
「感動を表す語彙は、自分で探すべきもの」
もっとも、森さんは「かわいい」「やばい」という言葉自体を否定しているわけではありません。「どちらも汎用性のある言葉です。近年の語義の変化それ自体については、特に言うことはありません」
そのうえで、「かわいい」「やばい」など「広い場面で使われる言葉に頼りがちになると、思考や理解の幅を狭めてしまうので、あまり良くないと思います」とも語ります。
学生たちの反応を、森さんは前向きに受け止めました。「『自分の言葉で語りたい』『もっと適切に感動を言葉にしたい』という気持ちがあることは、良いことです。それくらい思い入れのある経験をしているのでしょう」
では、授業では代わりの言葉を教えているのか。森さんは「感動を表す語彙を直接教えるようなことはしません。それは自分で探すべきものです」と話します。
授業で伝えているのは、「文化物にはいろんな評価軸があるし、いろんな褒め方がある」ということ。各テーマに沿って、文化や作品を見る角度を増やしていきます。
シラバスの一文は、「もっと自分の言葉で語りたい」と感じていた学生の背中を押しました。91人の教室で伝えているのは、感動を言葉にする答えではなく、それを自分で探すための視点です。