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6500万円で売るはずだったタワマンが9700万円に 差額3200万円…成年後見人が「もっと価値があるのでは」と調べた結果

山下 静香 山下 静香

ある都市の一等地にある、タワーマンションの上層階。ある家族は、この自宅を6500万円で不動産業者に売却する方向で話を進めていました。

ところが、成年後見人が就任した後、「この不動産はもっと価値があるのではないか」と周辺の取引事例などを調べ、別の不動産業者を通じて売り出したところ、最終的には9700万円で売却されました。

差額は3200万円。なぜ、これほど大きな差が生まれたのでしょうか。

6500万円で売却する方向で話が進んでいた

私たちの事務所が後見を受任することになった、被後見人・隆一さん(仮名・85歳)。

隆一さんの自宅は、ある都市の一等地にあるタワーマンションの上層階。100平米超で、玄関に入った時点で造りつけのクローゼットなどすべてが大きく、マンションであるのにお屋敷のようなお宅でした。

後見人に就任した時点では隆一さんは認知症がかなり進行し、既に入院されていました。病院以外では生活ができず、この自宅に戻ることはできない状態でした。

妻の淑子さん(仮名・84歳)も故郷に戻って、サービス付き高齢者向け住宅で暮らす意向を固め、自宅を引き払う準備をしておられました。

娘の直美さん(仮名・52歳)は海外在住。それぞれがもう、この家に住むことはありません。

私たちが就任したとき、この家は、ある不動産業者に6500万円で売却する方向で話が進んでいました。

直美さんに聞いたところ、帰国中、たまたま知り合いに紹介された不動産業者が、当初仲介のつもりであったのが、自社で購入することを申し出たそうです。

この物件は管理費・修繕積立金が高額であるから、買い手がなかなか見つからないことが予想され、また土壌に問題が指摘されているから6500万円で、と価格提示されたそうです。

調べて分かった、隆一さんの財産状況

隆一さんのこれまでの収入は非常に高額で、年金も毎月、普通に生活するにはありあまるような額が振り込まれます。ただ隆一さんは、これまでとても贅沢な暮らしをしていました。隆一さんの認知状態に問題がないときは、それでも問題なく生活は回っているように見えたといいます。

今回、隆一さんの後見人として現在の財産の調査をしてみると、これまで所有していた会員権や株式などは既に売却されていたことが分かりました。

さらに隆一さんは、実は自宅にリバースモーゲージの抵当権をつけて、2500万円を借り入れていたことが判明しました。

リバースモーゲージとは自宅を担保に老後資金を借り、利息中心で返済し、元本は原則死亡時に精算するローンです。死亡後は相続人が、現金で一括返済するか、自宅を売却して返済するか、条件次第で代物弁済として自宅を銀行に引き渡すかを選ぶものです。

しかし、売ったり借りたりした分に相当する現金預金は今の隆一さんには残っておらず、財産的に価値があるものといえば、この自宅しか残っていません。

そして施設や病院での生活を余儀なくされた現状、死ぬまで家にいるということができなくなりました。今後も、隆一さんの入院費などが必要となります。

「タワマンの上層階…もっと高く売れるんじゃないだろうか」

妻の淑子さんは高齢で、自らが交渉や取引を行うことはできませんでした。

代わりに娘の直美さんが不動産売却の手配を行おうとしましたが、海外在住であり、帰国も一時的なタイミング。時間的・労力的に検討や手続きに割く余裕がない、という事情がありました。

隆一さんの入院費などの負債の返済や、今後の入院費を工面する必要もあります。

今回、その不動産業者に決めようとしていたのは、まず少なくとも2500万円以上で自宅を売却し、残った金額を今後に充てようという考えだったとのことでした。

知人の紹介ということや、時間的制約から早く決めてしまいたいという思いもあり、その一社の買い取りという方向で話を進めていたそうです。

まだ契約段階には至っていなかったものの、別の業者を探していたわけでもなく、積極的に情報を集めていたわけでもなく、ただ漠然とそうやって決まっていくのだろうな、と思っていた、とのこと。

でもこの不動産って、もっと価値があるんじゃないだろうか?

私たちの事務所では不動産登記も多く扱っているので、売買契約書や売買価額を見る機会も多くあります。そのため価額を聞いて、単純にそう引っ掛かりました。

そこで知り合いの不動産業者に、不動産業者だけが使える物件データベースで、過去の成約事例や周辺マンションの売却価額の調査を依頼しました。

結果、周辺の条件が類似したマンションで8000万円での取引があったという事例が分かり、やはり感覚自体は間違ってはいなかったのだなと思いました。

もちろん契約自由の原則であり、当事者同士が納得しているのなら、いくらで売却しようが構わないのですが、隆一さんの負債や今後の入院費などを考えると、多く残るに越したことはありません。

そこで、娘の直美さんと妻の淑子さんに、調査結果の近隣の相場や事例を伝えました。

他で不動産仲介を依頼すると仲介手数料はかかるものの、現在提示された価額よりは大幅に伸びる可能性があること、直美さんが海外に戻った後も、日本での手続は後見人のほうで可能なので、時間や労力の心配は不要であることも伝えました。

そして、他の不動産業者に仲介を依頼することにし、もともと話を進めていた不動産業者の買い取りの話は白紙に戻すことを、直美さんと淑子さんに提案しました。

お2人とも、もともと1円でも高く、というタイプではないのですが、それでも高額で売れるのであればそのほうがいいですね、とおっしゃり、話は決まりました。

6500万円の予定が、9700万円で売却

不動産価格は9700万円で設定され、売り出されました。

仲介を頼むと、結構な頻度で声がかかるようになりました。

まもなくして、同じマンションの低層階に居住する方から、その部屋が欲しいという申し入れがありました。

不動産の売却というのは、最初に価額を出していても、値引き交渉などで下がることがかなり多くありますが、今回は値引き交渉もなし。現金購入なので、銀行の融資手続などで時間をとられることもなく、すんなりと売買が成立しました。

買主さんも、高層階に住みたかったのだ、ととても喜んでおいででした。

当初予定していた6500万円との差は、3200万円です。

隆一さんの入院費などの負債は、一括返済できました。その後も、病院の見晴らしのいい個室に居続けることができることになり、今後の療養について経済面での見通しを立てやすくなりました。

淑子さんも故郷への引っ越しを終え、サービス付き高齢者向け住宅で暮らし始めました。その後、楽しそうなご様子のハガキが届きました。

海外へ帰られた直美さんにもご報告したところ、とても安心されたようでした。特にお母さまである淑子さんの今後を心配されていたので、淑子さんが快適に暮らされている様子を見てうれしかったようです。

時間がない中で、6500万円の話をそのまま進めていたら

自分1人で決めないと、と全て抱え込んでしまうと、精神的にも焦りますし、判断や視野の幅も1人分だけです。ここにもう1人、その問題を担う人間が増えると、それだけ判断材料や視野が広がることもあります。

今回、直美さんには、海外在住で帰国できる期間も限られ、売却について十分に調べたり、複数の選択肢を比較したりするだけの時間的な余裕がありませんでした。

その中で6500万円での買い取り話が進んでいましたが、後見人が就任し、周辺の取引事例を調べ、別の売却方法を検討したことで、最終的な売却額には3200万円の差が生まれました。

認知症などによって本人が財産を管理できなくなり、家族にも時間や労力の余裕がない。そうした状況では、目の前にある選択肢だけで話を進めるのではなく、第三者が加わることで、別の選択肢が見えてくることもあります。

◇山下静香(やました・しずか)関西第一司法書士事務所所属。事務職兼社会福祉士。
相続、成年後見、不動産登記などの実務に携わる一方、高齢者支援や福祉分野にも従事。 法律と生活、双方の領域にまたがる現場経験をもとに、「制度の中で実際に起きていること」をテーマに執筆している。 相続や介護、家族をめぐる身近な問題について、分かりやすく伝えることを目指している。

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