「大切なわんこを守るために…」
そんな言葉とともに投稿された1枚の事故車の写真が、多くの人に衝撃を与えました。
6月7日早朝、群馬県在住の飼い主さんが愛犬のポメラニアン「ラスク」ちゃん(当時7歳)とドライブ中、対向車がセンターラインを越えて飛び出してきて正面衝突。ラスクちゃんは帰らぬ存在となりました。
事故の体験をつづったInstagramの投稿には、「涙が止まりません」「胸が苦しい」「明日は我が身かもしれない」など多くの声が寄せられています。
今回、飼い主さんに詳しい話を聞きました。そこには、想像を超える衝撃事故の実態と、「安全対策をしていても起きる現実」、そして愛犬家への切実な願いがありました。
「お父ちゃんは仕事だから」毎日話しかけていた相棒
ラスクちゃんは7歳のポメラニアンの男の子。普段はほとんど無駄吠えをせず、必要なときだけ「ワン」と鳴くお利口な犬だったそうです。飼い主さんは1人暮らしで、ラスクちゃんとの会話を何より大切にしていました。
朝起きると、胸の上に飛び乗ってきて「起きよう」と催促。仕事へ出掛ける前には必ず抱っこしながら、「今日はお父ちゃん仕事だからね」「今日は残業で遅くなるよ」と話しかけていたといいます。ラスクちゃんも理解しているかのような反応を見せていたそうです。
帰宅時も大げさに騒ぐことはありません。玄関で静かに待ち、「ただいま」と声を掛けると初めて駆け寄ってきて甘える…そんな穏やかな日常を送っていました。
久しぶりの休日 向かっていたのは愛犬イベント
事故当日は、久しぶりにまとまった休日でした。ここ数カ月は仕事が忙しく、ラスクちゃんとゆっくり遠出する機会がなかったそうです。向かっていたのは、富士山麓で開催される犬のイベント「富士山わんわんマルシェ」。ラスクちゃんは犬用おやつ店のアンバサダーを務めており、応援したい出店者もいました。
さらに、交流のある犬のイラストレーターや知人も出店予定だったため、「久しぶりに2人でのんびり、ドライブしながら行こう」と楽しみにしていたといいます。
しかし、その道中で悲劇は起きました。
「あっ」と思った次の瞬間には衝突していた
事故が起きたのは早朝。対向車が来たと思った瞬間、突然こちらの車線へ飛び出してきたといいます。
「ライトが目の前に見えた瞬間、『あっ』と声を出したぐらいでした。ハンドルを握りしめて構えたけど、0.5秒もなかったと思います」
激しい衝撃とともに、車は約20~30メートル後方へ飛ばされました。全てのエアバッグが作動し、車内は火薬の煙で真っ白。視界はほとんどなくなったそうです。
事故車の写真には、前部が大きくつぶれた車体が写っています。飼い主さん自身も胸骨を骨折し、全治約2カ月の重傷を負いました。
助手席を見ると、キャリーは壊れていた
ラスクちゃんは助手席に置いたキャリーケースに入れ、シートベルトで固定していました。実は、子犬のころからずっと続けていた安全対策だったといいます。
病院へ行くときも、近所のコンビニへ立ち寄るときでさえ、必ずキャリーに入れて固定していたそうです。ところが事故直後、助手席を見ると異変がありました。
「キャリーの下半分だけが残っていて、上半分がなくなっていました」
ラスクちゃんの姿も見当たりません。必死に探したところ、助手席の足元でぐったり横たわっていたそうです。
「一緒に帰るぞ!」叫び続けた30秒
飼い主さんは、ラスクちゃんを抱き上げました。
「ラスク、起きろ。起きてくれ。一緒に帰るぞ!」
そう声を掛け続けたといいます。
ラスクちゃんは、飼い主さんの顔を見つめていました。
しかし…。
「30秒くらいだったと思います。身体から力が抜けて、ずっとこっちを見ていた首が、ゆっくり横に倒れていったんです」
その瞬間が、最期の別れになりました。
事故後、ラスクちゃんは火葬され、現在は骨壺となって自宅で大切に安置されています。
「安全対策をしていたのに守れなかった」
今回の事故で飼い主さんが最も伝えたかったのは、この言葉でした。
「うちは何もしていなかったわけじゃないんです。子犬のころから、キャリーをシートベルトで固定していました」
それでも、想定を超える衝撃の前では、完全に命を守ることはできませんでした。
一方で、「だから対策は意味がない」と言いたいわけではないと強調します。事故後には「後部座席の方がよかったのでは」「別の方法があったのでは」といった意見も寄せられました。
しかし正面衝突だけでなく、追突や側面衝突など事故の形はさまざまです。
「結局、絶対の正解はないんですよね。でも考え続けることは大事だと思います」
そう話しました。
愛犬家に呼びかける「今できる対策」
本田技研工業が運営する情報サイト「Honda Dog」によると、犬を車に乗せる際は、クレート(キャリーケース)や専用ハーネスなどで確実に固定することが重要とされています。助手席やひざの上に乗せることは、急ブレーキ時の飛び出しやエアバッグによる危険があるため、推奨されていません。
近年はエアバッグ機能付きのペット用キャリーなども登場しており、愛犬の安全を守るための選択肢は少しずつ増えています。
飼い主さんは、こう呼びかけます。
「どういう方法が正解なのかは、まだ答えが出ていないと思います。でも、何もしないよりは考えることが大事。今回の事故をきっかけに、愛犬をどう守るかを考えてもらえたらうれしいです」
全国から駆けつけた人々 ラスクちゃんが遺したもの
事故後、自宅には全国から多くの人が訪れました。
徳島県の友人は、事故の知らせを聞くと病院や警察へ問い合わせながら車を走らせ、飼い主さんのもとへ向かったそうです。そのほかにも、ラスクちゃんに最後のお別れを伝えるため、自宅を訪れた人は数十人にのぼりました。
Instagramのフォロワー約2500人のうち、多くはイベントなどを通じて実際に交流のあった仲間たちでした。
「ラスクがいたから出会えた人たちなんです」
突然の別れは、あまりにも大きなものでした。それでも飼い主さんは、ラスクちゃんがつないでくれた縁や、多くの人から寄せられた温かい思いに深く感謝しているといいます。
そして今、愛犬家たちへ、こんな願いを託しています。
「どうか、大切な家族を守る方法を考えてほしい。そして、犬や猫たちが“物”ではなく、命ある家族として見てもらえる世の中になってほしいです」
現在の法律や保険の仕組みでは、交通事故で亡くなったペットは「物」として扱われることが少なくありません。しかし飼い主さんにとってラスクちゃんは、かけがえのない家族そのものでした。
ラスクちゃんの最期が伝えたのは、車内での安全対策の大切さだけではありません。ともに暮らす犬や猫たちの命の重みや、家族として向き合うことの大切さを、改めて考えるきっかけにもなっているのです。