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中学受験で「最優秀ピーク」を迎えた我が子がまさかの浪人生に… 「本来はできる子」信じる親が捨てられないあの紙の束【漫画】

松波 穂乃圭 松波 穂乃圭

大手中学受験塾へ、小学校入学と同時に通い始めた東京都在住のEさん(当時40代)。高学年になると、塾で行われる月例テストの個人成績表や、我が子の名前が掲載された成績優秀者一覧は、確かに努力の証でした。しかし、それらは年月を経るにつれ、次第に重い意味を帯びていきます。

中学受験で頂点を経験した子どもと、その栄光を手放せないEさんの時間は、合否が出た瞬間で止まったまま、大学受験の時期を迎えることになりました。

塾の中では「合格は間違いない」と言われていた

Eさんの家庭では、子どもは小1から大手中学受験塾に通い、小5からは特待生となりました。クラス分けテストのたびに優秀者一覧に名前が並び、志望校は都内の御三家A中学。

入試直前の志望校別コースでも常に上位におり、担当講師からは「合格は間違いないでしょう」と断言されていました。周囲も疑わず、本人もその言葉を当然の前提として受け止めていたといいます。

結果は、不合格という現実だった

ところが、入試結果はまさかの不合格でした。隣県のトップ私立中学には合格したものの、最終的に進学したのは都内の第二志望校でした。

周囲からは「十分すごい結果だ」と声をかけられましたが、Eさんの胸に残ったのは説明のつかない落差でした。我が子より下の成績でチャレンジ受験だった友人がA中学に合格していたことを知り、「我が子に何があったのか」という疑問だけが、静かに積み重なっていったのです。

中学進学後、一転して「深海魚」に

中学進学と同時に、Eさんの子どもは国立大学進学専門塾へ通い始めました。大学受験でのリベンジを誓い、将来の夢は皮膚科医でした。

中1一学期の定期考査では上位50位に入りましたが、学年が進むにつれ周囲の学力や学習ペースについていけなくなります。中2になる頃には、いわゆる「深海魚」と呼ばれる状態に陥りました。

「深海魚」とは、中高一貫校に入学後、成績が下位に沈み込んでしまう生徒を指す俗称です。宿題の多さで知られる専門塾は早々に退塾し、その後は赤点回避のための補習塾に通い、進級条件を満たすことが目標となりました。中学受験期に語られていた「天才」という言葉は、次第に現実から遠ざかっていきました。

大学受験でも結果が出ず、浪人という選択

高校進学後、医学部進学を断念し、理系学部や国立大学という進路も諦め、最終的に私立大学文系コースへ進級しました。しかし大学受験でも思うような結果は出ず、現在は浪人生として再挑戦しています。

それでもEさんの中では、「本来はできる子」「あの頃は優秀だった」というイメージが消えません。自宅には、中学受験時代に成績優秀者として名前が掲載されていた紙の束が、いまだに保管されています。捨てられない理由は、単なる思い出ではありません。

紙に残った栄光が、現実を歪めていく

その紙の束は、過去の事実を確かに証明するものです。しかし同時に、「今の結果は一時的な不調にすぎない」という物語を支える道具にもなっていました。

「できる子だったはずなのに」という思いは、今直面すべき課題や努力の方向から、親子の視線をそらしてしまいます。子ども自身も、過去の自分と比較され続けることで、前に進みにくくなってしまった側面があるのかもしれません。

成功体験は、ときに呪縛になる

中学受験はゴールではないと、多くの親は頭では理解しています。しかし、目に見える成功体験が強烈であればあるほど、そこから離れることは容易ではありません。

受験社会が生む「一時の頂点」は、その後の長い学びの時間に影を落とします。紙の栄光を手放せない親子の姿は、決して特別な話ではありません。過去の輝きと現在の現実のあいだで立ち尽くしてしまう家庭は、静かに存在し続けているのです。

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