0歳の双子と100歳の曽祖父が正月に初対面した写真が、X上で話題を集めている。曽祖父は1925(大正14)年生まれで、双子は生後5カ月の女の子。布団に寝転ぶ双子に曽祖父が笑いかける1枚に「奇跡ですね」「頭の形がそっくり」などの声があふれた。
孫3人、曾孫5人に囲まれて
投稿したのは双子の母親で、X名・Cat@2y+双子5mさん(@neko_to_sakura2)。曽祖父は夫の祖父に当たり、写真は夫の実家に帰った際に撮影したものだという。
「『よう来たな、可愛いなぁ』と顔を綻ばせていました。夫の実家は雪の多い地域なので双子の素足が気になったようで、『足は寒くないかい』と声掛けしながらズボンの裾と自分の手で足先を覆って温めようとしてくれていました」と様子を説明する。曽祖父は年末年始、孫3人、曾孫5人に囲まれて嬉しそうだったという。
戦時中、少し違えば命落としていた
そんな曽祖父だが、戦時中は少し違っていたら命を落としていた可能性もあった。富山県にある工場に勤めていた曽祖父。1945年7月に招集令状が届き、8月に千葉県佐原市にある基地へ。出発した2、3日後、富山市で焼夷弾による空襲があり、多くの同僚が亡くなったという。
「従業員は数千人いて、会社の寮に入りきらないので近くのお寺に寝泊まりしていたんです。周りに隠れられる場所がなく、爆撃されたらすぐに死んでしまうのではないか、と怖かった。招集されなければ死んでいたかもしれない…」と打ち明ける。
佐原市内の基地では3人で1丁の銃を支給され、1人は銃本体、もう1人は銃の先に付ける剣を持っていた。残る1人には武器がなく、毛布に火薬を包んだものを持ち、敵の戦車が来たら体当たりする想定で訓練。そうしているうちに戦争が終わったという。
戦時中の貴重な話を聞き、「昨年は戦後80年で、今では当時のお話を聞ける機会はなかなかありません。つらい思い出も含めて話してくれた義祖父に感謝し、子どもたちが成長したら余さず伝えて次の世代に繋いでいきたいです」とCatさん。「孫や曾孫と会うことで少しでも『長生きして良かったな』と幸せを感じてもらえたら嬉しい」と話した。