動物病院の玄関前に置かれた段ボール箱の中には猫はおらず、入っていたのは毛布とちゅーるだけだった――。近くの歩道で見つかったのは、衰弱し骨折した瀕死の猫だった。保護から治療、遺棄の経緯、そして寄付の声までを取材した。
玄関前の段ボール箱、中に猫はおらず
6月21日朝、AMPS・あさい動物病院(新潟市)のスタッフが、玄関前に置かれた段ボール箱を確認すると、中に猫の姿はなく、毛布とちゅーるだけが残されていた。箱は封がされていなかったという。
「動物病院と国道の間の歩道に作業員の男性が集まっていたのでスタッフが見に行くと、猫が行き倒れて動かない状態だったそうです。呼吸はしていたので、私の指示で証拠として写真を撮影し、ノミ・マダニ駆除をしてからケージに収容し、隔離室へ入院させました」と浅井厚院長(金沢大学先進予防医学研究センター・協力研究員)は話す。
重度の衰弱と骨折が判明
保護された猫は、重度の痩せと脱水で皮膚をつまんでも戻らないほど衰弱していた。さらに猫ヘルペスウイルスによる風邪で、目ヤニと鼻づまりもひどかったという。
「路上で完全に行き倒れている猫は初めて見ました。血液検査では低血糖と重度の脱水による低血流性ショックがあり、動けず意識が混濁していました」
すぐに静脈カテーテルで輸液を行い、低血糖や低血圧に対応。翌日にはレントゲンとエコーで肋骨骨折と胸腔内出血も確認された。
「手術は不要と判断し、痛みのコントロールを行っています。猫は2日以上絶食が続くと危険なので、経鼻カテーテルで流動食を与え続けています。脱水は回復しましたが、まだ油断できません」
愛護センターと警察に連絡
保護したのは土曜日で、動物愛護センターは休みだったが、浅井院長はセンターの獣医師に個人的にLINEで報告。「遺棄は犯罪なので、警察に届け出てください」との指示を受けた。
「23日に警察に連絡すると、虐待の可能性もあるとのことで3人の警察官が事情聴取に来ました。私は県外出張中で不在でしたが、スタッフが状況を説明し、証拠写真を渡しました」
遺棄された動物の引き取り先は
本来、遺棄された動物は動物愛護センターで引き取ってもらえる。しかし今回は「食事を自分で取れるようになるまでは病院でお願いします」と要請があったため、治療を続けることになった。
「すべての病院が引き取るわけではない」
浅井院長は「発熱や血液検査での異常はなく、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)の検査は今回はしていませんが、感染リスクはゼロではありません。それでも治療しないわけにはいきませんでした」と話す。
「昔から病院に猫を置いていく人はいましたが、監視カメラを入れてからはほとんどなくなっていました。今回はたまたまカメラの調子が悪かった。せめて一筆で『飼えなくなった理由』を書いてあれば…事情が分からないまま置き去りにされるのは残念です」
市内の一部病院では「動物を置いていっても保護しません」という張り紙を出しているところもあるという。
「当院は隔離室があるから対応できましたが、すべての病院が同じように保護できるわけではありません」
SNSに寄付の声も
今回の件はSNSでも拡散され、病院には寄付の申し出も届いている。
「X(旧Twitter)を見たという方から何件か連絡をいただきました。お問い合わせフォームから本名と住所を送ってもらえれば、口座をお伝えしています。支援の声が届くのは本当にありがたいです」
封の開いていた段ボール箱に残された毛布とちゅーる。その先にあったのは、一匹の命のギリギリの現実だった。どこかで誰かが背負うかもしれない責任を、誰がどう引き受けるのか――。一筆でも事情を伝えてほしい。その声には、命をつなぐための現場の切実さが込められている。
しかし、7月2日午後0時30分ごろ、肺炎が進行し、猫は息を引き取った。火葬を終え、合同供養に入れてもらう予定という。