「針一本落ちていても分かる」黒澤組の繊細な現場 ベテラン照明は感服した 「人の目で気づく変化じゃないのに」 黒澤久雄氏と小泉堯史監督が巨匠の素顔に迫る<後編>

磯部 正和 磯部 正和

 日本が誇る巨匠・黒澤明監督。長年黒澤組で助監督を務めた小泉堯史監督と、黒澤監督の長男でプロデューサーの黒澤久雄氏が、小泉監督最新作『雪の花―ともに在りて―』を記念して対談。後編でも、黒澤監督の凄みにについて語り尽くした。

現場に針一本落ちていても違和感に気づく

 とにかくハートフルな人柄だった黒澤監督。そして革新的な映像手法を常に追い求めている映画人としての向上心も並大抵のものではなかった。小泉監督は「ドストエフスキーやトルストイなど海外文学も造詣が深く、ものすごく記憶力がいいんですよ。『この作品読んだか?』なんて言われて『読みました』なんて答えると、すぐに細かい話に進んでいく。下手に『読みました』なんて言えないんですよ。『戦争と平和』なんて20回以上読んだって言っていました」と証言する。

 久雄さんは、黒澤監督の察知能力を挙げる。「親父が『明日これで撮るから』と言って帰るじゃないですか。そのあとに照明の佐野ちゃん(佐野武治氏)が、ちょっと違和感があったのでライトを少しだけ直したらしいんです。次の日に親父がやってきて『昨日と違う』って言っていた。佐野ちゃんが『絶対人の目では気づくような変化じゃない』って俺に言っていたんです。それだけ違和感に気づく人だった」。

 そのエピソードに小泉監督も「現場に針一本落ちていても分かるぐらいですよね」と同意すると、久雄さんは「たまに黒澤組の現場を見たいという人がいるので、連れていくと5分ぐらいで帰っちゃう。それだけ緊張感があって耐えられないんだよね」と振り返った。

人が見えないところまでも見えている目の良さ

 美しい絵を撮ることに決して妥協しない。そこには“絵”を捉える目の良さがある。小泉監督は「黒澤監督は佐野さんに『あそこがちょっと暗いんだよね』と伝えるんですが、僕らは気づかない。非常に細かく絵を捉える。事実黒澤監督はレンブラントやゴッホなど絵画にも造詣が深かった」と強みを語り、「でありながら、決して周囲を急かさない。じっくりと待ってくれる」と作品を良くするためにしっかり時間をとってくれる懐の深さに触れていた。

 久雄さんはカメラがデジタルに移行した際、黒澤監督を象徴する思い出を披露した。

 「ソニーが最初にデジタルのカメラを作ったとき、うちの親父に観てくれって言ったんです。そのとき親父が『産毛まで見える必要があるのか』と鮮明さに疑問を持っていました。要するに人間の目で見たものって、中心に据えたものはクリアに見えるけれど、それ以外はぼやけて見えるわけじゃないですか。映画もそれでいいんじゃないかって彼は思ったらしいんだよね。例えば医学としては鮮明に見えることはプラスだけれど、映画、芸術としてそこまで見える必要はないって言っていたんです」

 小泉監督も「黒澤監督は絵画への造詣が深いと言いましたが、それは人が見えないところまでも見えているということなんですよね。見え過ぎることがよくないというのも、絵画的な目なんだと思います」と付け加えた。

 小泉監督の最新作映画『雪の花 ―ともに在りて―』では、撮影カメラマンを上田正治氏が務め、美術は酒井賢氏が担当。小泉監督と共に黒澤組を支えたメンバーが揃った。小泉監督は「僕が映画監督になって何本か作品を撮りましたが、迷ったことは一度もなかった。僕は黒澤監督の助監督をやっていたときのまま撮っている。何かを変えようなんて思ったことは一度もないんです。黒澤組で身につけたことをやっているだけ。よく『黒澤監督と似ている』と言われることがありますが、それはそれで結構なこと。それで通用しなくなったらやめるだけなんで」と黒澤イズムを実践し続ける。

 そんな小泉監督が作り上げた『雪の花―ともに在りて―』。久雄さんは「すごい人についていたから、次に続くものは大変だよね。なかなか追い越せない」と偉大な黒澤監督に従事していたからこその大変さを慮ると、小泉監督は「黒澤組のクオリティをワンカット撮るだけでも難しい」と苦笑い。それでも久雄さんは「『雪の花 ―ともに在りて―』は、小泉監督が大切に撮っているのが分かる。すごくキレイな映像が印象的。音がなくても見ていられる」と称賛していた。

映画『雪の花―ともに在りて―』は1/24より全国ロードショー

小泉堯史監督
1944年生まれ。茨城県水戸市出身。70年に黒澤プロダクションに参加し、黒澤明監督に師事。『影武者』(80)、『乱』(85)、『夢』(90)、『八月の狂詩曲』(91)、『まあだだよ』(93)で助監督を務めた。黒澤監督の遺作脚本『雨あがる』(00)にて監督デビュー。この作品で第56回ヴェネチア国際映画祭緑の獅子賞、および第24回日本アカデミー賞において最優秀作品賞をはじめとする8部門で最優秀賞を受賞。その後、『阿弥陀堂だより』(02)、『博士の愛した数式』(06)、『明日への遺言』(08)、『蜩ノ記』(14)、『峠 最後のサムライ』(22)を監督。日本アカデミー賞では優秀監督賞を4度、優秀脚本賞を2度受賞しているほか、平成26年度芸術選奨文化科学大臣賞、第39回報知映画賞監督賞など数々の賞を受賞している。

黒澤久雄
1945年生まれ。黒澤明監督の長男。大学在学中にフォークバンド「ブロード・サイド・フォー」を結成し、歌手や俳優として活動後、映画プロデューサーとして『乱』(85)以降、黒澤明監督作品に携わる。『雨あがる』(00)では、黒澤監督の遺稿を、当時助監督だった小泉堯史に託し、映画監督デビューを推奨する。

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