「来年、土星の環(わ)が消えますよ」
天体取材でお世話になっている、アマチュア天文家の佐藤司さん(69)=岡山県笠岡市=から、そんな一報を受けた。土星といえば直径が地球の10倍近くある大きさの惑星で、さらに一回り大きく周りを取り囲む環が特徴だ。その環が消える? 世紀の天文異変が起こるのか、それともスクープ級の発見か。まずは詳しく聞かなければと、佐藤さんが観測拠点にしている同県井原市美星町黒木の「せとうち天文同好会観測所」を訪ねた。
訪れた9月8日は、土星の衝(しょう)と言われる地球から見て太陽とちょうど反対側に位置する日だった。太陽が沈むと、東から土星が昇ってきて一晩中、太陽の光が反射して輝いて見える。午後8時過ぎ、南東の空、高度30度ほどに向けた、佐藤さんの相棒の口径35センチ反射望遠鏡をのぞかせてもらうと、美しい輪っかが目にはっきりと映った。このリングが本当に消えるのだろうか。佐藤さんに真相を尋ねると、土星の環の構造から説明してくれた。
「リングは主に氷の粒でできていて、高速で土星の周りをぐるぐる回り太陽の光を反射することで明るく輝いて見えている」と話す。ところがこのリングは厚さが最も薄いところで数十メートル、最も厚いところでも約1キロ以下と推測され、土星の規模を考えると極めて薄い。土星も地球と同じく赤道面が傾いた状態のまま太陽の周りを公転しているため、リングが太陽に対して真横に向くタイミングでほとんど反射しなくなるという。例えばコピー用紙を目線の高さで真横にすると、横一本の線しか見えなくなることと原理は同じらしい。なので、リングが地球に対して真横に向く際も、光が当たっていてもリングはほとんど見えなくなる。
地球は太陽の周りを約1年で公転するが、土星は約30年で1周。「土星からすれば地球も太陽も、ほぼ同じ位置にある。約15年に1度、リングが地球に対し真横になるタイミングで見えなくなる。この現象を土星の環の消失と言います」と佐藤さんが教えてくれた。2025年がその年で3、5、11月と機会は3度あるらしいが、3月24日の「環の消失」は佐藤さんによれば「太陽に土星が見かけ上あまりにも近いため観測不可能」で、5月7日は日の出前のわずかな時間しかなく「厳しい条件」、11月25日ごろは高度も明るさも時間帯も「最高の条件」ではあるが、上空の偏西風が強くなる時期で高倍率での観望には適さないと話す。
それでも佐藤さんは「何としてでも環の消失を捉えたい」と語る。15年前は岡山県立高校の教頭を務めていて、多忙を極め観測ができなかった。そして30年前は観測できたものの、撮影はフィルムカメラだった。この数十年で技術革新は進み、現在はデジタルカメラで記録した写真を天体画像処理に特化したソフトウエアを使って大気の揺らぎで生じる画像の乱れなどを直すことができ、よりリアルな天体像が浮かび上がるのだそうだ。
15年に1度ということも佐藤さんにとって、土星の環の消失が特別なものなのだそうだ。「数百年に一度の惑星食や毎年ある流星群などと違い、15年に1度という時間軸は人生の指標にもなっている。一生に5、6回しか観測できない。次の環の消失も見届けたい」。
環の消失は2025年だが、今が「環が消えつつある土星」をきれいに見る良い機会だと佐藤さん。「10月くらいまでが土星の位置的にも季節的にも観望に適している。近くの公開天文台で確認してほしい」と呼びかけている。