聴覚障害者の27歳男性がバス運転士デビュー 3歳から人工内耳、夢叶える…40万人以上から応援の「いいね」

小森 有喜 小森 有喜

聴覚障害があり、人工内耳を埋め込んでいる寺井大樹さん(27)=静岡県=が8月から、地元路線バスの運転手として「独り立ち」を果たした。このことを寺井さん自身がSNSで発信すると「いいね」が40万件を超えるなど話題になり、応援の声が多く寄せられた。

3歳から人工内耳

生まれつき両耳の聴力に障害がある寺井さん。聴覚障害で最も重い2級の身体障害者手帳を持つが、3歳の時から人工内耳を埋め込んでおり、日常会話などは「やや聞こえにくい」程度で社会生活は問題なくできる。高校卒業後は大手自動車メーカーの工場で勤務していた。

もともとモータースポーツが好きで、サーキットでスポーツカーを運転するのが趣味だという。乗り物を運転する仕事に就きたいという夢と、人手不足に陥っている地域の足になりたいとの思いから、地元のバス会社「富士急モビリティ」(静岡県御殿場市)に今年4月、転職した。

バス車内の貼り紙で補聴器使用を周知

1人での乗車業務が始まったのは8月1日。寺井さんが乗るバスには、「このバスの運転士は補聴器を使用して業務しています」「恐れ入りますが、御用の際はゆっくり・はっきりお話ください ご協力のほどよろしくお願いいたします」と記された貼り紙が掲げられている。

土地がら観光客も多く、乗客から質問される内容は多岐にわたる。「山中湖の遊覧船乗り場はどこが最寄りですか」「この切符、御殿場駅まで使えますか」…一度で聞き取れないことも多いが、みな寺井さんが聴覚障害者であることに気づくと、ゆっくりと丁寧に繰り返してくれるという。

外国人の乗客も多いが、海外旅行の経験が豊富だという寺井さんにとって英語はお手のもの。寺井さんは「皆さんが気づかってくださるおかげで業務ができている」と話す。

教官お墨付きの運転「ここ数年で一番」

同社によると、聴覚障害者がバス運転士として採用されるのはグループ会社を含めても初めて。全国的にも珍しい事例だ。同社管理部長の桑原圭志さん(39)は「会社として前例がないことで、採用時は正直不安があった」と話す。乗客とのコミュニケーションが円滑にできず、寺井さん自身の負担が大きすぎるのでは、という心配も大きかった。

採用面接の際、桑原さんは「ハンディキャップがあることで、もしかしたら辛いことを言うお客さんがいるかもしれない。それでも大丈夫かい?」と気にかけた。寺井さんは「大丈夫です。頑張ります」と真っ直ぐな目で答えたという。入社前の段階で、バスの運転に必要な大型二種免許の取得について、静岡県警の免許センターから「寺井さんの聴こえ方なら問題なく、安全に運転できる」という“お墨付き”も得ることができた。

もともと運転が好きな寺井さんは、順調に業務を覚えていった。大型二種免許も6月に一発合格で取得。上司は一様に寺井さんの運転テクニックを褒め、グループのバス運転士の新人教育を専門にする教官をして「ここ数年で教えた人の中で一番言ったことを忠実に守り、実践できる」と言わしめた。

「モータースポーツでコーナーぎりぎりを攻めるとかそういうことをしていたので…そうした経験が危険予知に生きているのかもしれません」と照れる寺井さん。研修期間中には休日も自家用車を走らせ、バス路線のルートを覚えるなどひたむきに努力した。

SNSで40万人から応援の「いいね」

運転士としての「独り立ち」を翌日に控えた7月31日に、寺井さんはX(旧Twitter)に前述の貼り紙の写真をアップし「いよいよ独り立ちです。不安ですが頑張ります」と心情をつづった。すると投稿は約2.5万件リポスト(再投稿)され、「いいね」が約42万件集まるなど大きな反響を呼んだ。

「不安だと思いますが頑張ってください」「応援してます」「私の娘も感音性難聴で人工内耳をつけています。いつかあなたの運転するバスに娘と乗りたいです」など、数々の応援の声が寄せられた。

乗車業務が始まってからも、桑原さんをはじめとする上司や他の運転士がよく気にかけてくれるという。運転席にある無線機は雑音が多く寺井さんにとってはやや聞き取りづらいため、急ぎでない連絡はメッセージで確認できるよう新たにIP無線機が導入されるなど、配慮も手厚い。寺井さんは「とても心強くありがたいです」と感謝を口にする。

憧れている先輩の運転士が目標、という寺井さん。「運転が非常に滑らかでブレーキも優しく、お客様とも明るく楽しくコミュニケーションをとっている姿が印象的。僕もそんな運転士になりたいです」と話している。

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