「14年前の夏、中3だった自分はママチャリで川崎から千葉埼玉に行った。辛かった。でも、すごい楽しかった。今でも鮮明に覚えている。その時に使ったお金は571円。一生モノの思い出を、たった571円で作って帰ってくるんだもん。敵わない。降参だよ、14年前の自分。」
中学時代の旅で何を買ったか…牛どん280円、うーろんちゃ58円…と鉛筆でのメモの写真付き投稿で、多くの人からの共感を獲得したのは、旅の記録や思いを自身のサイトやSNSで発信している一人旅研究会(@hitoritabiken)さん。
そんな彼の思い出に記憶が呼び起こされ、コメント欄には、それぞれの宝物のような経験談があふれました。
「中3の時、ママチャリで江戸川区から横浜までラーメン食べに行った。1号線のねずみ取りに何度も捕まり、お巡りさんに苦笑いされた」
「東京湾に沿って14時間くらいで往復したのは中1の時 休日早朝のヒンヤリした空気、東京の交通量少ない道、 途中で並走したおじさん、クタクタで精神力だけで帰ってきた夜。 自力で世界を拡げられるのが嬉しくて」
「中2の夏、日航ジャンボ機が墜落した日でした。千葉ニュータウンから足尾手前まで自転車で一人コギコギ。道を間違えてリカバリーしたり、狭い国道でジャリトラがすぐ横を掠めたり、太腿に塩がふいたり。でもとても楽しかった」
「小6の頃、渋谷の自宅を早朝5時に出て横浜までチャリで向かいました。 前日からワクワクが止まらず。その頃は携帯もなく持っていったのはポケットラジオだけ」
「どこかに出かけるときは、いつもノートを持ち歩いて、その場で書いてた。 すっごい走り書きで、人に見せるようなものじゃなかったけど、皆さんから思い出のリプを頂戴するきっかけになって嬉しい」と反応した一人旅研究会さんに、夏の日の冒険旅行のこと、大人になっても続く一人旅のことなどを聞きました。
神奈川→東京→千葉→埼玉を激走…突然の職質も
――571円のママチャリ日帰り旅は一人で?
「4人で行きました。幼稚園時代からの幼なじみ達です。中1の頃から徒歩やママチャリでいろんなところに出かけていたのですが、神奈川と東京だけでした。それで、そろそろ他の県にも行ってみようとなって、千葉と埼玉を目指すことにしたのです」
――中学3年生の少年4人、夏、というのが映画『スタンド・バイ・ミー』を彷彿させますね。
「友人と延々駄りながらママチャリで隣の隣の県に行きたい、という気持ちだけ。男子中学生の馬鹿な思いつきでは、これでも壮大な話でした」
――当日は、どんなスケジュールで?
「4人で午前5時30分に集合し、北進し始めました。途中、水2Lを買って、その後、銀座の歩行者天国に行き着いてしまって……。押し歩いて進みつつ国道6号線に乗って正午頃に松戸(千葉)に到着、牛丼屋さんで牛丼を食しました。そして三郷(埼玉)を通って当初の目標を達成し、帰路につきました」
――ずっと走っていたのですか?
「途中、公園で休憩しましたが、基本走りっぱなし。炎天下ではのどの渇きを絶えず起こし、業務スーパーだったと思いますが、500ml58円のウーロン茶、28円の緑茶を購入。それでも足りず、最後の気合い入れにドデカミンを購入したことを憶えています。川崎に戻ってきたのは午後6時半でした」
――順調に進んだようですが、アクシデントなどはなく?
「国道一号線を通り、7時すぎに皇居付近を走行中、警察官に怪しまれて職務質問を受けました。中学生がそんな時間にそんな場所を走っているのは珍しかったんでしょうね。相当変に見られたんだと思います。それ以外の特別な何かは起きていなかったと思います」
――そんなに長時間一緒にいて揉め事などはなかったのでしょうか?
「だんだんと疲れてきて無口になっていきました。加えて、帰りは、行く時に通った道は通らないルールがあったので、やけに時間がかかりました。まっすぐ帰ればいいのに、なぜか自分たちを束縛したがるんですよね(笑)。そんなこんなで帰ってきて、ああ、疲れた、もうこんな距離走りたくない、って」
――投稿では「敵わない。降参だよ、14年前の自分。」で終わっているのが切なくもあり、あの時の自分を讃えているようにも感じました。
「中3の夏に実行したような旅は体力的にも気力的にももう行けないでしょうね。投稿でも敵わないと書いていますが、普通に考えたらやらないことを目標に掲げて、全力でバカをやって楽しむのも人生に必要な要素かなと思っています」
最初のきっかけは「行けるところまで歩いてみよう」
――そもそも、こういう旅を始めたのはどうしてですか?
「中学1年の夏休みに、先ほどの友人と、ふと、“行けるところまで歩いてみよう”と川崎から十数km離れた横浜まで歩いてみたのがきっかけです。川崎と横浜間は、東海道線だと一駅で10分もせずに移動できます。でも、その区間を実際に歩いたことで、町と町は“道”で繋がっているんだと強烈に感動しました!
至極当然のことなんですけどね。自らの足で学区外に出ることがなかった当時の自分にとって、その体験は“もっといろんな所に行きたい!”と思うには十分すぎる刺激で!自分の頭の中にある地図をどんどん大きくしていきたい、と、様々な町を訪れるようになりました」
――「体験格差」といった声もありますが、「旅や経験ってどれだけお金かけたかじゃない」とコメント欄にもあったように、本人の気持ち次第で「唯一無二の体験」はできる気がします。
「“お金がないから、楽しめない”と言うのは楽しみ方を知らないだけだと思います。僕は、あの夏、牛丼1杯と汗で流れ出た分の水分を補給する以外に一切お金をかけていないのに、好奇心が十二分に満たされましたから。
もちろん、お金を払った方が楽しさは担保されると思います。相手は楽しませようと思ってお金をとっているのだから当然です。また、成長や経験とともに、“楽しみ”に対する要求は上がってくるのではないでしょうか。だからこそ、用意された楽しみ以外にも、自分で楽しみを見つけることも重要だと思うのです」
――受け身ではなく、自分で探して動いていくということ?
「そうです。自分の中から“こんなことしたい、こんなとこに行きたい”が出てきて、能動的に楽しみを探しに行く癖がつくと思います。自分の場合、だんだん行動範囲が広がって、今は鉄道や車を使って全国を駆け回っています。秘境駅やひなびた温泉など一人になれる空間を探しては“これが人生か……”と、答えもない人生の解をわかったふりをするようになりましたが、中学の時のあの好奇心が原点です」
――常に、楽しみがある、探しに行くっていいですね。
「通常の幸せの感じ方と異なりますが、これが自分がたどり着いた幸せの感じ方、笑。お金の話は一旦置いて、好奇心のままに自分で手足を動かすことも、自分なりの幸せを感じるいいきっかけになるんじゃないかと思います」
――今はひとり旅でいろんな場所に行かれていますが、それでも、この571円ママチャリ旅が一生ものの思い出と言うのは改めてなぜでしょうか?
「時の流れって不思議なもので、太陽光がぎらぎら降り注ぐ中、汗だくになりながら足をプルプルさせながら走ったあの想いでさえ、美化されてしまう。“中学生の時の自分、バカだったけど楽しいことしてたな”って。
でも、自転車で知らない遠くの町へ行くことへの好奇心と行けたことによる達成感は、自分の人格の形成と、自信につながっていたと思います。真夏にチャリ旅をして、千葉埼玉に向かって、帰ってきたーーその間じゅうずっと感じていた、大冒険をしている高揚感そのものが一生の思い出になっているんです」
◇ ◇
「とんでもなく日本を感じる」「日本の景色に恋をした」「日本さん、この景色はずるいよ…」などの言葉とともに、何も手を加えられていない日本の風景や鄙び湯、宿などを紹介するXでは、こんな言葉も。
「今も変わっていないのは、先の景色が知りたくて、心がうずうずするあの気持ち。 日本を歩けば歩くほど、もっと日本を知りたくなる。 旅はまだ、やめられそうにない」
一生モノの思い出でもあり、いまの一人旅研究会さんに続いている、中3の夏の571円ママチャリ旅。
2024年の夏は、14年前よりし烈な暑さで、同じような旅をすると、熱中症に罹る危険があります。十分な注意と対策が必要でしょう。でも、どうすれば最高の夏の思い出になるのか、調べて、考えて、行動するのが旅の醍醐味。
お金がなくても、好奇心のままに動いていけば、自分だけのお楽しみや忘れられない思い出に出会えることを私たちに教えてくれます。
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