「抽出のとき、決してマスターに話しかけてはいけない」…元コーヒー嫌いによるカフェ巡りの極意とコーヒー道の奥深さ

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「スペシャルティコーヒー」という言葉が一般的になり、街を見渡せばお洒落なカフェがあり、こだわり抜いたコーヒーが気軽に飲めるようになった現代社会。昨今のレトロブームなんていうのもまた、かつての昭和喫茶のような雰囲気を残す喫茶店の勢いに拍車をかけているのだろう。

当然のように広く楽しまれるようになった趣味の「カフェ」や「コーヒー」だが、どこの界隈にもクレイジーな沼にハマってしまったという人がいるもの。

国内外のカフェを巡って年間1000杯以上ものコーヒーを飲み、自宅用焙煎機を開発してしまった山下さん。しかもこの自宅用焙煎機、クラファンで設定金額の1万3000%を超える大ヒットを記録したそう。

そこで早速、シンガポール在住だという山下さんにオンラインでアポを取り、クレイジーなコーヒー沼に片足を突っ込んでみた。

   ◇   ◇

【山下 貴史(やました・たかし)】

兵庫県尼崎市出身。大学卒業後、在マイアミ総領事館勤務を経て、神戸大学大学院工学研究科へ進学。その後P&Gに入社。2014年に独立して起業、株式会社ワッションを2015年に創業。食品を中心に輸入業を展開しており、特にコーヒーに関する事業に注力。生豆から焙煎まで幅広い商品を取り扱っている。講談社などのウェブメディアに執筆もしている。

農場直摘みのコーヒーでも「美味しくない」

――コーヒーにハマったきっかけを教えてください。

山下 小さいときから湿疹の体質だったので、食品や体に触れるものに興味がありました。大学院生のときには、色々な農法の農園を回ってみたりなど、食品に関することを追求していました。
その後、消費財メーカーで経験を積み、貿易業で独立し、食品に関することがやりたいと思ったところで辿りついたのがコーヒー豆でした。ただコーヒーは体質的には苦手で、湿疹が悪化したこともあったので食品としては避けていましたね。コーヒー豆で事業をしたいと思うまでは、UCCの缶コーヒーくらいしか飲んだことがなかったと思います。

――え、ちょっと待ってください。苦手だったんですか?

山下 そうですね。
でも事業をするためにはたくさん飲んでみないと始まらないなぁと思い、先入観を捨て去ってカフェ巡りから始めました。ちょうど僕がカフェ巡りをしだしたときが、スペシャルティコーヒーという言葉が世の中に普及しだしたころでしたね。
色々なカフェをめぐりだしてから、コーヒーの奥深さに出会い、ハマっていきました。

――まさか苦手だったとは思いませんでした。それまでの苦手意識が覆ったのはいつ頃なんでしょうか?

山下 経験として大きかったのは、縁があってブラジルのコーヒー農園に紹介してもらったことですね。採れたての豆をハンドピックしたり仕分けたりしているところを見せてもらって、農園という現場を知れたことはコーヒーの奥深さを知る上で転機でした。
でも、それでもあんまり美味しいとは思わなかったんですよね(笑)。

――それでもだめなのか…。ちなみに、これまで美味しかったコーヒーには出会ってますか…?

山下 その農園に紹介してもらった鹿児島にある「ジニスコーヒー」さんは良かったですね。いろんな種類を飲ませてもらって、そのとき初めて美味しいコーヒーに出会ったと思いました。
豆や工程にこだわっていくと美味しいんだなと分かりました。

――やっぱり豆や抽出、焙煎などにこだわることで味が変わっていくんですね。自分好みの味や研究する楽しみが、コーヒーの1つの醍醐味のような気がします。

山下 そうですね。
僕は理系の人間なので、仮説と検証を繰り返しながら答えを自分で探していくのが好きなんです。
今も毎日コーヒーは飲みますが、自分好みに焙煎や抽出を調整しながら淹れたコーヒーなので美味しく飲んでます。

――カフェ巡りで得た知見と試行錯誤で、自分にとっての美味しいコーヒーに自力で辿り着いたんですね。

山下 自分でやらないと、新しい発見がないと思うんです。
僕はだれかに答えを求めるのではなく、自分で決めた仮説や検証を繰り返していきたいし、そのプロセスに面白さや楽しさがあると感じます。
シンプルに知的探求心が原動力でしたね。

1000杯飲んだら見えてくるコーヒー道

――カフェ巡りをしていく際のお店はどうやって探していったんですか?

山下 グルメサイトのランキングを使ってなんとなく当たりをつけて、順番に回っていきました。
僕はそのコーヒーの味が作り手のどういう側面で考えられた結果、生み出されたものなのかに興味がありました。作り手の考え方や性格が、出てくるコーヒーによって分かります。
なので、カウンター席で飲みながらおすすめを聞いていくんです。

――バーでマスターに話しかけるみたいで勇気がいりますね。

山下 飲むのが1杯だと普通のお客さんなんですが、3杯くらい飲むと「ちょっと変なやつだ」と思ってもらえて話が広がるんです。
同じお店で2、3杯飲むと、フルーティーな豆なのか、チョコレートっぽい豆なのか、そのお店の法則性や、好みが分かってきますね。
「おすすめどれですか」とか「ここで1番飲んどけってやつどれですか」みたいなことを話しかけながら、マスターの考えを聞いていくっていうのをやってました。

――けっこう答えてくださるものですか?

山下 答えてくれますよ。ただし、コーヒーの抽出をしているとき(粉末状にしたコーヒー豆から様々な成分をお湯に取り出していく工程。ペーパードリップなどは抽出の手法の1つ)だけは話しかけるのNGです。
ある昭和喫茶みたいなカフェにいったとき、抽出中のマスターに「これは~」って話しかけたら、「今は話しかけるな!」って怒鳴られたことがあります(笑)。

――そうやって、コーヒー道を学んでいったんですね(笑)。
何店舗くらい回ると、山下さんのようにコーヒーに対する感度が研ぎ澄まされてくるんでしょう…?

山下 店舗数は覚えてませんが、1年くらい回り続けていたらだんだんと分かるようになってきた感じですかね。

――1年間、仮に毎日3杯ずつ飲んでいくと、365×3で1000杯を余裕で超えますね…。

そういうことになりますね(笑)。

――気が遠くなりそうです(笑)。

日本のコーヒー文化のこれから

――貿易商社を営んでいる山下さんから見て、日本のコーヒー文化の水準はどう見えますか?

山下 僕はシンガポール在住なこともあって今の状況は分かりませんが、少し前まではコーヒー商社さんに行っても日本は海外に比べてスペシャルティコーヒーの種類が少ないことがありました。
一般のコーヒー愛好家のレベルでいうと、抽出や焙煎にこだわっている方は日本にもけっこういらっしゃいます。
でもまだまだ日本のカフェ文化は、豆との距離が遠いんですよね。

――豆との距離ですか。

山下 僕は豆の味がコーヒーの美味しさの8割くらいを占めると、個人的には思っています。しかし深く炒ってしまうと味が統一されて、どんな豆でも関係なくなってしまうんです。
コーヒーってもともとの豆でそのまま淹れたり、浅く飲むと、ほとんど苦みがなくて、お茶みたいに透き通った色になるんです。

――黒くないし苦くないコーヒーって全く想像できないですね。

山下 味はアーモンドとかピーナッツみたいな風味になります。
安定した味にするために深く焙煎して苦みを足しているので、浅く焙煎したものほど豆が本来持っている味の良し悪しが際立つんです。

――そういえば、日本だと浅炒りのコーヒーってあんまり見ない気がします。日本のコーヒー文化ってけっこう独特なんでしょうか?

山下 仰る通り、日本のカフェのマーケットってほどんどが深煎りで、中煎りを押し出しているようなお店はまだまだ数が少ないですね。
苦くて黒いコーヒーっていうのは、昭和喫茶の文化が背景なのかなと思います。苦みと甘みとコクだけを抽出することにこだわり切ったコーヒーっていうのはすごい技術でもあるし、日本特有ですね。
ただ現代になって豆のストーリーや浅煎りに注目が集まるようになり、ようやくコーヒーに苦みだけじゃなく、酸味などの味の豊かさを求めることができるんだってことを知り始めたタイミングが今なのかなとも感じます。

――コーヒーって実は幅広くて奥が深い楽しみかたができるという認識が浸透していくのが、コーヒー文化のこれからのフェーズってことですね。

山下 コーヒーは多種多様で、豆、抽出、挽き方、焙煎など要素が非常に多いですから。
これは僕の個人的な予想ですけど、砂糖やミルクを入れない前提でコーヒーを飲んだとき、実は深煎りが1番好きっていう人はそんなにいないんじゃないかなと。

――深煎りでは苦すぎるということでしょうか?

山下 それもありますが、中煎りと比べたときに味が全部一緒になってしまう深煎りは豆の個性が感じづらいので楽しくないんじゃないかなと思います。

――嗜好品としてのコーヒーの奥深さに興味がある人は実は大勢いた、というのは山下さんが開発に関わっていらっしゃる「HOME ROASTER」のクラウドファンディングの数字にも証明されているように思います。

山下 予想以上の反響でしたよ。
コーヒー好きだけが集まるプラットフォームではないマクアケで、あそこまで購入していただけたということは、コーヒーを探求したい方が潜在的に大勢いたんだと再確認できました。
焙煎を通して、そこの先にあるコーヒー豆が持つストーリーに焦点が当たったりすると、さらにコーヒーを楽しめるようになると感じています。
ワインは生産者まで語れるほど文化が進んでいると思いますが、コーヒーもきっとそこまでいける可能性があると信じているんです。

――焙煎や挽き具合、抽出の仕方など、コーヒーは自分自身でこだわることができるので、ワイン以上に私たち受け取る側の主導権が強いような気もします。

山下 昔は苦手意識がありましたが、一度足を踏み入れてみると、コーヒーは探求心や好奇心をすごく刺激してくれるものでした。掘り下げて追及する魅力が詰まっている食品だと思います。

――これからコーヒーにハマる人はどこから始めればいいんでしょうか?

山下 まずは自分の好きな味を探求していくのがいいと思います。
コーヒーの味のレパートリーが多いカフェに入って、フルーティーなもの、チョコレートっぽいもの、ストライクゾーンが広めな王道のものって何種類かを飲み比べてみるのがおすすめです。
コーヒー沼仲間が1人でも多くなってくれたら嬉しいですね。

   ◇ ◇

仮説と検証を繰り返し、自分で答えを探すのが好きなんだと山下さんは教えてくれた。
とはいえ、現代は誰かが出してくれた答えが割と簡単に手に入るし、気軽に買えてしまう時代でもある。自力で進んでいくことは、手間もかかるし、時間もかかる。上手くいかなかったり、納得いかなかったりすれば苛立つようなこともあるだろう。
しかし自分自身でトライ&エラーを繰り返さなければ見えてこない景色というものがある。
そしてそれはきっと、コーヒーに限ったことではないのだと思う。
自分の足で辿り着いた山頂からの景色にこそ言葉を超えた感動があるように、何気ない趣味の1つにも、沼った先にはそんな風景が待っているのかもしれない。

【取材協力】
▽weroast
HP:https://weroast.co.jp/
▽weroast クラウドファンディングページ(2023年9月24日まで)
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