銀行のATMコーナーを利用したお客様が、キャッシュカードを抜き忘れて帰ることがある。休日に無人の店舗では、抜き忘れられたカードはATMに吸い込まれて保管されるが、いちど保管されたカードを取り出すには、警備員を呼んで機械から取り出す必要がある。しかし「警備員が来るのが待てないから、ホテルまでもって来い」と、“サービス外”のわがままを押し通そうとするお客様もいらっしゃる。
「20分かかります」と伝えるも聞く耳もたず
コンビニの店頭にATMが設置されていなかった平成の初め、休日や時間外に利用しようと思ったら店舗のATMコーナーまで足を運ぶしかなかった。
休日、それぞれの店舗は無人で、ATM備え付けのオートホーン(直通電話)は稼働状況を監視する部署で一括対応していた。
そこで勤務するのは銀行員のほかにATMメーカーのシステムエンジニア、オートホーンでお客様と応対する要員として警備会社のスタッフが配置されていた。
都市銀行なので、支店が全国に展開されている。沖縄にある支店から、オートホーンのコールが鳴った。
「さっきこの店で金をおろしたときね、カードをもって帰るのを忘れちゃってさぁ。返してくんない?」
声の感じから想像すると、若い男性と思われた。状況を聞くと、紙幣を受け取って、カードを抜き取るのを忘れてホテルへ戻ってしまったという。
じつはこの2時間前、同じ支店から「カード取り忘れ」の警報が出ていた。カードを取り出し口から抜かないまま放置すると、ATMは「カード取り忘れ」の警報をカードセンターへ送り、同時にカードを内部に取り込んで保管する仕組みになっている。すぐに必要なら、待機している警備会社に連絡して、ATMから取り出す作業を依頼しなければいけない。
「警備員が到着するまで20分ほどかかります」と伝えると、急に人が変わったように怒りだした。
「なんで俺が待たなきゃなんねぇんだよ! ホテルまでもって来いよ」
それはさすがにサービスの範囲を超えているため、待ってもらうようお願いしたが、
「俺は客だぜ、客を待たせるのかよ」
まったく聞く耳をもたない。
自分で忘れていったくせに、ずいぶん勝手なことをいう。それでも、店舗は無人であること、待機場所から車で向かうため、それなりの所要時間はどうしてもかかることを説明して、なんとか納得してもらった。
だが、それから5分後、またオートホーンが鳴った。
「来ねぇぞ、どうなってんだ!」
「あと15分ほどかかります。さきほどご納得いただきましたよね」
しかし、そのあとも5分おきにオートホーンを呼び出しては「来ねぇぞ」「遅い!」と文句をいい、挙句には再び「もう待てねぇ、ホテルまでもって来い」といい出す始末。
さすがに「それは、サービスの範囲を超えております」と、やや強い口調でいってしまった。
「お客様は神様じゃねぇのかよ!」と怒鳴り返してきたから、つい頭に血が上ってしまった。いい返そうとしたとき、ちょうど現場に警備員が到着した。これに救われた。いい返していたら、いささか面倒なことになっていただろう。
相手の矛先が警備員に向いて、怒鳴りつけている声がオートホーン越しに聞こえた。
数分後、現場で対応にあたった警備員から、作業終了の報告が入った。取り出し作業をしている間じゅう、怒鳴られ続けたという。なんとも気の毒な話である。
このように、いわゆる「生身の人間」を相手にしていると、ときとして残念な人に当たることがある。
「お客様は神様だろ!」と、無茶な要求をする人も珍しくない。そんなとき、いわれたほうは腹の中でこう思っている。
「神様にも、疫病神や貧乏神がいますからね」
自分が疫病神や貧乏神にならないよう、くれぐれも気を付けたいものだ。