「アレルギーじゃ大変だ」という投稿と共に紹介されたのは、ある店舗に張り出された張り紙。そこには「家族が蕎麦アレルギーになりました。蕎麦屋の営業を続けるのは家族の命と健康を守るのは難しいと判断いたしました。4代目店主大森貴行は2022年4月 うどん屋に生まれ変わることをここに宣言いたします」と、蕎麦からうどんへとメニューを移行することと、お客への感謝の言葉が綴られていました。
こちらの東京・清澄白河で115年続くそば処「小進庵(こしんあん)」に、お客として通うM.Kimuraさん(@kimyu2000jp、以下Kimuraさん)が応援の思いを込めて投稿すると、13.2万件ものいいねが付きました。
「数カ月前に、『香川に修行のため行ってきます』という張り紙を見て、『香川と言えばうどん。なぜ蕎麦屋さんが???』と疑問に思っていたのですが、今回『そば専門店からうどん専門店に生まれ変わります』との知らせを見て、合点がいったそうです。
投稿はあっという間に拡散され、
「115年の歴史をアレルギーが変えるとは」
「命の選択。家族を守ってこそのお店」
「伝統より家族を守った店長めちゃかっけぇ」と決断を称える声とともに、
「元蕎麦打ち職人ですが、蕎麦アレルギーが酷くなり命の危険が出てきたので引退しました。 勇気ある決断に敬意を表します」
「高校時代の友人も家は創業100年単位の蕎麦屋だったのだけど、自分がアレルギー持ちということで、後継問題が発生してることをよく話してました」
と同じようにアレルギーを悩んだ人々のエピソードも相次ぎました。
4代目店主・大森さん自身も「反響凄くてびっくりしております。リツイートありがとうございます」とリプライしました。
「歴史より、これからの家族の健康と命が大切」
店先での張り紙で、歴史ある蕎麦店をうどん店に変える理由や家族への思いを綴った大森さん。家族の蕎麦アレルギーが判明した2018年頃から、うどん店への転向を考えるようになったそうです。命の危険もある蕎麦アレルギーへの不安を抱えながらの商いに疑問を覚え、ついにうどん店としての再出発を決意。
そば店を通常営業しながら、休日に讃岐うどんの製法を勉強したり、弾丸で讃岐うどんの本場香川県を訪れ、食べ歩くなど時間をかけて準備をおこなってきました。今冬には、香川県に泊まり込んで、「さぬきうどん現地研修センター」でうどんのこと、出汁のことなどを集中的に学び、「現地だからこそわかったことや出会いがあった」と振り返ります。
その後も、店舗営業中は「蕎麦職人であり、最後の最後まで蕎麦に向き合う」という思いで店に立ち、閉店後はうどん専門店のオープンに向けて、粉の選別や配合、出汁の作り方、しょうゆの選別などに情熱を傾け、うどんの試作を繰り返す日々が続いています。
Kimuraさんは、「いちお客として、これまでの商いへのねぎらいや新しいお店としての再出発に期待しています。115年続いてる家業を辞めて、家族のために新しいことに挑戦していこうという姿は素直に感動いたします。どんなうどんが食べられるか今から楽しみにしております」と熱いエールを送ります。
そして大森さんは、「当店の蕎麦を愛してくださったお客さまには大変感謝しています。このような決意を応援してくださった言葉も大切に受けとめています。うどん屋としては新人で、正直とても大変です。でも、ずっとモヤモヤしたまま、蕎麦屋を続けるのも苦しい。10年後、あの時うどん屋に変えて良かったと思えるように、頑張っていきたい。私が理想とする“もっちりしてムギュッとなるうどん”をぜひ食べていただきたいと思っています」と思いを述べています。
蕎麦屋としての営業は5月15日が最後(5月12日は定休日)。5月20日より、小進庵の第2章がスタートし、屋号は「うどん家族 小進庵」に変わります。家族には健康にいてほしいという願いを込めて、食のバランスを考えたメニュー「家族想いシリーズ」も展開していくとのこと。5月20日以降に大森さんが想いを込めて提供するうどんを楽しみにしています。
■M.Kimura https://twitter.com/kimyu2000jp
■うどん家族 小進庵 https://twitter.com/udonkoshinan
■うどん家族 小進庵HP https://sobakoshinan.webnode.jp
■うどん家族 小進庵Instagram https://www.instagram.com/sobakoshinan
■うどん家族 小進庵YouTube https://www.youtube.com/channel/UCREhqKM5KLbrvKRoX8VxFyQ