黒ネコ母娘との出会い、そして別れ 「クロミちゃんのことは任せて」母ネコとの約束

木村 遼 木村 遼

 2019年の春、1匹の黒猫が兵庫県宝塚市に店を構える珈琲焙煎工房「Hug」の前に現れた。店員のTさんは、ぼろぼろの毛並みの黒猫が不憫に思え、餌をあげていると、毎日食べにくるようになったそうだ。数日後、いつの間にか同じ黒猫の子猫も連れて来るようになったという。

 どちらも黒猫だったのでいつの間にか「クロママとクロミちゃん」と、呼ぶようになった。Tさんは川西市在住だったが、朝も夕方も必ず来てくれるので、仕事が休みの日はTさんが朝ごはんを担当。夕方はオーナーや他のスタッフが餌をあげ続けた。

 しばらくすると、2匹は店内にまで入ってきたり、喉を「ゴロゴロ」と鳴らして甘えてくれるようになっていた。営業中でも、ドアの前で催促して鳴くので、Hugの利用者も2匹が来るのを楽しみにし、おやつをあげたりするようになっていったという。時々クロミちゃんが来ない日もあったそうだが、クロママの方は毎日確実に食べに来てくれていた。

 「だから、雨が降ったり何があっても待っていてくれると思うと、仕事が休みの日でも2匹のために早起きしなければ!と頑張れました」

 2021年5月末、クロミちゃんが5日ほど、ご飯を食べに来ない日があった。

 「事故か何かに遭ったのでは!?」と、みんなですごく心配していたら、足を引きずりながら戻ってきた。病院に連れて行くと、どうやら足を蛇に噛まれていたとのことだった。

 「そんな身体で必死に戻ってきてくれたんだ、と思うと本当にいじらしく思いました」

 クロママはというとクロミちゃんが病院から戻ってくるまで心配そうに待っていたという。クロミちゃんが処置を終え、戻ってきた時にクロママは安心したのか、大きな声で鳴いていた。そのときの姿をTさんは今でも忘れられないそうだ。

 「本当に愛情深いママでした。クロママは歯がないので随分歳をとっているだろうし、いつかは家猫にしてあげたい」と、Tさんは思った。

 しかし、当時Tさん宅には18歳になるミニチュアダックスのラッキーがいて介護状態だったこと、子供の頃から犬しか飼ったことがなく、猫を飼うのはとてもハードルが高いと感じていたことでラッキーがいる間は無理だと諦めていたそうだ。

 そして絶対に忘れられない日がやってきた。8月28日土曜日の朝、いつも通り、餌をあげに行くとHugのドアに貼り紙がしてあった。

 「クロママのことで話があるのできてください」

 胸騒ぎを覚えながらその方の家に行くと、クロママがその方の庭に横たわっていた。

 「前日の夕方にはいなかったのに、朝起きて出たら死んでいた」

 Tさんは気が動転していたが、どうにかお礼を言い、クロママをHugに連れて帰った。混乱して号泣しながらオーナーに電話をかけ、オーナーが来るまでもずっと「クロママ、なんで!なんで!」と泣き叫んでいた。

 「今思い返しても泣けてきます」

 クロママの身体には少し血がついていた。しかし、死因は不明。到着したオーナーと身体を綺麗に拭いて、たくさんのお花や餌で囲んであげたそうだ。

クロママとの約束「心配しないで安らかに眠ってね」

 その日の夕方、動物霊園で火葬するまでの間、何人かの利用者さんが最後のお別れに来てくれたという。クロママが死んでからクロミちゃんは、しばらく切なげに鳴いて母猫を探しているように見えたそうだ。

 そして、クロママが急逝した数日後、何かに導かれるように9月2日、ラッキーも老衰で死んだ。クロママとラッキーを同時期に亡くしたことでTさんは車の運転中にも涙が出るほど悲しみに暮れた。

 「クロママをあんな形で死なせてしまったことは、本当に今でも後悔があるし無念です」

 しかし、動物霊園でクロママに「クロミちゃんのことは心配しないで安らかに眠ってね」と、約束したこともTさんの心に強く残っていたという。

 「自分に猫が飼えるのだろうか。果たして、クロミちゃんはうちに来て幸せなんだろうか」

 その後は自問自答を繰り返し、クロミちゃんを家猫に迎えたいという決心を、Hugのスタッフに伝えるまでにも随分悩んだそうだ。しかし、連れて帰るなら自分がずっと家いる年末年始の休みの時しかないと思い、スタッフに伝え、営業最終日の12月28日に捕獲することになった。

 いつも通り餌を食べにきたクロミちゃんだったが、敏感に何かを感じている様子で、オーナーが少しでも動くと逃げてしまう。「もしかして今日捕獲するのは無理かな」と不安が頭をよぎったが、奇跡的にオーナーがクロミちゃんをキャリーバックに入れることに成功した。

 Tさんはホッとして泣きそうになったが、クロミちゃんは怒って絶叫していたそうだ。あらかじめ連絡しておいた動物病院に連れて行ったが、キャリーバックの中で暴れたので、その日は何もできずノミ、ダニ駆除の薬だけもらって帰宅した。

 その日から3日程、昼間はケージで大人しくしているが、夜になると暴れて鳴くので「連れて帰って悪かったかな」と、Tさんは落ち込んだという。それでも年始に動物病院を受診した際には、年末に捕獲した日が嘘のようにワクチンや検査、爪切りも大人しくさせてくれるようになっていた。

 クロミちゃんはこれまで一度も「シャー」と怒ったり、引っ掻いたりすることはなく、とても優しい性格だ。タンスの上や押し入れの天袋に設置したモコモコハウスがお気に入り。ただ抱っこはさせてくれるが、布団で一緒に寝ようと思ってもしばらくすると出て行ってしまう面もあった。

 「野良猫生活が長かったのだから仕方ない。時間がかかっても本当にリラックスして過ごせるようになってくれるのを待つことにしました」

 すると…。その甲斐あって、今では同じ部屋でまったりと過ごし、安心で幸せな日々を送っている。そんなとき、Tさんはクロママとの約束を果たすことができたと実感するそうだ。

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