関東と九州の間を直行するフェリーとして、2021年7月から就航を始めた「東京九州フェリー」が、コロナ禍にもかかわらず堅調だ。21時間程度で横須賀(神奈川県)―新門司(北九州市)を結ぶ高速フェリーだが、物流業界のモーダルシフトを受けて、生鮮食品の輸送などで定期的に利用されているという。実際に乗船してみると、快適に過ごせる設備やサービスで、旅客面でもほかの輸送と差別化を図る戦略が体感できた。今後ゆったりと旅行をしたいリタイヤ層の需要なども増えそうだ。
「東京九州フェリー」の運行会社は、2019年に新日本海フェリー、阪九フェリーなどを運航するSHKライングループにより設立された。関東と九州とはこれまでも「オーシャン東九フェリー」が徳島を経由して東京~新門司を結んできたが、同グループによる直通フェリーは45年ぶりの運行になるという。運航が開始して半年ほどたつが、コロナ禍で貨物・旅客ともに当初の見込みを下回っているものの、貨物の中でも生鮮食品については、ほとんど落ち込みが見られない状況という。
東京九州フェリーが就航した背景として、物流業界のモーダルシフトが挙げられる。2000年代に入ると、地球温暖化防止だけでなく、トラック運転手の確保難なども加わり、トラックに依存した物流からの脱却を図る動きが見られるようになった。事実、物流に関しては、海上輸送の需要は増加傾向にある。実際に2022年は、宮崎カーフェリー(神戸~宮崎)や名門大洋フェリー(大阪南港~新門司)、ジャンボフェリー(神戸~高松)が新船を導入する予定で、トラックなどの積載数も増える見込みだ。
50km/h強の速度で航行できる高速フェリー
横須賀~新門司間を就航しているのは、三菱重工業の長崎造船所で建造された「それいゆ」と「はまゆう」の2隻。いずれも重量1万5400総トン、全長222.5mに幅25.0mの大型船で、旅客定員は船室が個室を中心に構成されているため268人。車両の積載数はトラックが154台で、乗用車が30台だという。
航海速力は28.3ノットと、50km/h強の速度で航行できる。約1000kmのルートの所要時間は上り便20時間50分、下り便が21時間15分。太平洋を北上する黒潮の影響で、上りと下りで25分程度の差が出るという。
日曜日を除いた週6便が運航されており、横須賀や新門司を23:50頃に出港するが、これは北関東や九州各地からの集荷をしやすくするためで、特に生鮮食品などが輸送しやすくなっている。鮮度を維持した状態で輸送するため、船体にはリーファーコンテナ(冷蔵コンテナ)を稼働させるための電源などが備わっている。なお、九州には自動車工場なども多くあるため、仕掛品や半製品の輸送も多くあるという。
高速フェリーは航行時の安定性などを維持するため、従来型のフェリーよりも船長が必要となっており、両船舶も長さが222.5mもある大型船となっている。大きさゆえ運航上の制約も多くなるが、同社はスペースを生かして、車両の中でもトラックやシャーシーなどの積み込み台数を増やしているそうだ。
快適に過ごせるサービス充実
筆者は、2022年3月1日に、東京九州フェリーに乗船している。ちなみに同社では、かつてクルーズ船を利用した人や、寝台夜行列車を利用していた客層を取り込みたい考えで、自社の船舶を「カジュアルクルーズ」と位置付けている。
関東(東京)~新門司間には、オーシャン東九フェリーが運航され、大阪・神戸~新門司・別府・大分間には、名門大洋フェリーやフェリーサンフラワー、阪九フェリーなども運航されている。実際に乗ってみると、旅客面においては、ほかの輸送モードや、フェリー会社と差別化を図る戦略が感じ取れた。
船内には、24時間利用可能なシャワールーム、サウナ、露天風呂があるほか、カラオケが楽しめるアミューズボックス、前面の展望が楽しめる談話室、プラネタリウムや映画の上映が行える施設も。ランニングマシーンやエアロバイクが置かれたスポーツジムも完備され、長時間の船旅を退屈することなく、快適に過ごせる工夫が見られた。サービスを充実させることで、徒歩で乗船する旅客以外に、トラック運転手などの需要もより取り込むことが可能となるだろう。
客室に関しても、“デラックス”という個室や4人で利用が可能な“ステート”以外に、ペットと一緒に宿泊が可能なペットルームやドッグランなども備わり、新規の顧客を開拓する姿勢が見られる。
食堂は、海を見ながら食事が可能なレイアウトだ。メニューも出港地である九州各地や神奈川の名物料理を、注文を受けてから船内でコックが調理して提供しており、「郷土色」も打ち出している。
昨今のフェリーの食堂は、要員合理化の影響もあり、バイキングやカフェテリアスタイルが主流だが、東京九州フェリーでは、出来上がった料理をクルーが自席まで運んだり、食べ終わった食器類を片付けるなど、人的サービスが感じられた。
差別化で興味深いポイントとして、クレジットカードによる決済が可能なことも挙げられる。海上では電波の影響で現金でしか決済ができず、「フェリー・オブ・ザ・イヤー」に何度も輝いている太平洋フェリー(名古屋~仙台~苫小牧)でさえも難しいのが現状。東京九州フェリーの取り組みは今後、他のフェリー会社に影響を与えるように感じる。
利用者層はリタイヤした高齢者や、学生やツーリング族などの若年層が多くみられるという。九州はツーリングには魅力的な土地で、通年で楽しめることから、東京九州フェリーの就航はツーリング族に歓迎されているという。リタイヤした熟年層などは、窓のあるグレードの高い“デラックス”や家族用の“ステート”を利用する傾向にあるが、学生やツーリング族は、窓のない1人用個室の“ツーリストS”やカプセルホテル型の“ツーリストA”を選ぶ傾向にある。
横須賀~新門司間の所要時間が21時間程度も要するため、ビジネス需要を取り込むことは難しいが、今後一層リタイヤ層が増加することが予想される。筆者は、高級個室と1人用の個室の間に、窓があって洗面台やトイレなども完備した“セミデラックス”な1人用の個室も、必要だと感じた。
この点について東京九州フェリーは、「運航が開始して半年強しか経過していない。今後は、色々なニーズに対応できるように、頑張りたい」とのことであった。
◆堀内重人(ほりうち・しげと) 1967年大阪に生まれる。運輸評論家として、テレビ・ラジオへ出演したり、講演活動をする傍ら、著書や論文の執筆、学会報告、有識者委員なども務める。主な著書に『コミュニティーバス・デマンド交通』(鹿島出版会)、『寝台列車再生論』(戎光祥出版)、『地域で守ろう!鉄道・バス』(学芸出版)など。