元朝日新聞記者、植村隆氏。
ネットやSNSで名前を検索すると、「従軍慰安婦問題をでっち上げた捏造記者」「国益を損ねた売国奴」といった言葉が氾濫している。朝日新聞大阪社会部の記者だった1991年8月、元慰安婦の韓国人女性が証言を始めたという記事を最初に書いた人物だ。それから20年以上が過ぎた2014年、「慰安婦捏造 朝日新聞記者がお嬢様女子大教授に」という週刊誌報道を機に、激しいバッシングにさらされるようになった。「捏造」の汚名を雪(そそ)ごうと闘う植村氏や支援者、家族に並走したドキュメンタリー映画「標的」が2月12日から全国で順次公開されるのを前に、西嶋真司監督に話を聞いた。
1957年生まれの西嶋監督は、福岡の民放テレビ局RKB毎日放送の元記者。植村氏が後に問題となる慰安婦の記事を書いた91年当時はソウル特派員だったため、西嶋監督自身も慰安婦報道の渦中にいたという。
「植村さんが記事を書いた後、元慰安婦だと名乗り出た金学順(キム・ハクスン)さん本人に私もインタビューして、ニュースで流したこともあります。当時韓国では、『慰安婦』と軍需工場などに動員された『女子挺身隊』とが同義語として使われていたので、植村さんだけでなく、私をはじめとする他のメディアも慰安婦問題の記事に『挺身隊』という言葉を普通に用いていました。でも捏造や誤報だと言われたことはなかったんです」
「バッシングの引き金となった週刊誌報道は2014年で、翌2015年には慰安婦問題日韓合意。日本政府としては慰安婦問題にそろそろ幕を引きたい時期でした。だから政府と論調の違うメディア、特に朝日新聞、その中でも植村さんが“標的”にされたのではないかと僕は感じています」
植村氏への攻撃は次第にエスカレートし、教職に就くことが内定していた大学や、家族までもが脅迫のターゲットになっていく。映画には、「彼を孤立させてはいけない」と支援に立ち上がった市民や弁護士たちに加え、SNSで「反日捏造工作員に育てられた超反日サラブレッド」などと誹謗中傷された植村氏の長女も登場。「不当なバッシング被害に苦しんでいる人は私だけではない。そんな人たちのためにも自分が声を上げて、この経験を埋もれさせず世の中に知ってもらいたかった」とカメラの前で気丈に語り、胸の内に秘めてきた思いを父に明かす。
「植村さんの印象は『強い人』。自分は捏造していないという確信もあってのことでしょう。彼がバッシングに負けていたら、この映画は作れなかった。自分の意思で映画に出てくれた娘さんも、『卑劣なバッシングに怯まない』という本作のテーマにもぴったりの人でした。映画を通して、その声を伝えたいと思ったのです」
「『バッシング』と『自分の意見を言うこと』は明確に違うので、バッシングからは議論も深まらず、何も生まれません。映画を見て、そのことを理解してもらいたい」
植村氏は、記事を捏造だと断じたジャーナリストや出版社を相手に名誉毀損の損害賠償裁判を起こしたが、いずれも敗訴が確定。しかし西嶋監督は「捏造ではないものを捏造と言われて、それが名誉毀損に当たらないなんておかしい。これでは捏造だと言った者勝ちではないですか。裁判もずいぶん歴史修正主義的な偏った判断をするんだなと感じました」と納得していない。支援者や植村氏自身も同じ思いだという。
「ネット上では公開前から『植村が悪い(裁判に負けた)のになんでこんな映画を作るんだ』という批判も目にしますが、見ないで判断してほしくない。自分とは異なる価値観を頭から否定するのではなく、互いに尊重し合いながら議論を深めていくことができれば、それが一番いいのではないでしょうか」
「もちろん、人にはいろんな考え方や立場があり、慰安婦問題に関して『日本は悪くない』という考え方があることも理解しています。この映画を見ても、『やっぱり違う』という意見があるかもしれない。そんな声もぜひ聞かせてほしいと思います」
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映画「標的」は2月12日から順次公開。
【公式サイト】https://target2021.jimdofree.com/