晩秋から冬にかけて渡り鳥が池に飛来してきます。池のほとりで可愛い鴨や美しい白鳥にパンなどのエサを与えている人を見かけますが、野生の渡り鳥に本当にパンなどを与えていいのでしょうか。野鳥の生態学などをご専門にされている樋口広芳先生にお話を伺いました。
鳥インフルエンザの原因にも
――渡り鳥にパンなどのエサを与えている人を見かけますが、与えてもいいのでしょうか。
「鳥をはじめとして野生の生きものに人がパンなどをあげることは、原則、好ましいことではありません」
――それはなぜなのでしょうか?
「人は自分たちの都合で、たとえばかわいいから、もっと近くで見たいからとエサを与えます。しかし、鴨などが人の与えるものに頼りきりになってしまうと、エサが与えられないときに生きづらくなってしまいます。たとえば、嵐や大雪など、人がエサを与えられない時、しかも鳥たちがほんとうに食物を必要とする時に、食物を得にくくなってしまいます。野生の鳥たちは、厳しい条件のもとでも、自分たちで食物をさがし、食べることができるようになっていなければなりません。人がエサを与えると、鳥たちのそんな生き方を弱めてしまう可能性があるのです。これが一番の理由です」
――他にも害があるのでしょうか。
「白鳥や鴨の渡来地で人が大量にエサを与えると、水質が悪化することがあります。また、鳥たちを一つの場所に集中させてしまうと、鳥たちのあいだに感染症が発生することがあるのです。鳥インフルエンザの場合、鳥から直接人に感染する可能性はまずありませんが、鳥のフンを人が踏みつけ、靴の底についたウイルスがもとになり、別の場所で感染が広がることがあります。これはかなり重大な問題です」
人の食べ物を横取りしたりするようになる
――いつも人からエサをもらっていて、自分でエサを探せなくなった鳥はどうなるのでしょうか。
「人に頼り切った鳥たちは、人からエサをもらえない時、人が持っている食べ物を横取りするような習性を身につけます。代表的なものに、人の足元まで来てエサをねだりながらズボンのすそをひっぱる鴨や外で弁当などを食べている人の背後から飛んできて弁当をかっさらっていくトビ、屋外のレストランで食事をしている人のすぐそばまで来て食べものを横取りしていくハシブトガラスなどがいます。鳥以外では、観光地で人に寄ってきて、ポケットに手を突っ込んで中のものを持っていってしまうニホンザルもいます。どれも人がエサを与えた結果の好ましくない副産物です」
――パンなど自然界にないものを食べて、病気になることもあるのでしょうか。
「栄養過多になって太りすぎ、渡ることができなくなるとか(東京不忍池での話)、奇形になって飛べなくなるとかいう話がありますが、あまり根拠はありません。ただ、パンを日常的に食べる依存症の鴨などは、栄養が偏って、何らかの病気になる可能性はあります」
野生に生きる鳥たちを理解して
――野生の世界で生きる渡り鳥と人間とは違うのですね。
「渡り鳥は、シベリア方面から幾多の困難を乗り越え日本の越冬地にたどり着きます。エサを与えて可愛がりたいという気持ちはわかるのですが、野生に生きる鳥たちの暮らしをきちんと理解しながら、鳥たちを観察し、接することが重要だと思います」
◆樋口 広芳 1948年横浜生まれ。東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。農学博士。米国ミシガン大学動物学博物館客員研究員、日本野鳥の会・研究センター所長、東京大学大学院教授を経て、 現在、東京大学名誉教授、慶應義塾大学訪問教授。専門は鳥類学、生態学、保全生物学。日本鳥学会元会長。主著に「鳥の生態と進化」(思索社)、「鳥たちの生態学」(朝日新聞)、「鳥たちの旅ー渡り鳥の衛星追跡ー」(NHK出版)、「生命(いのち)にぎわう青い星ー生物の多様性と私たちのくらしー」(化学同人社)、「赤い卵のひみつ」(小峰書店)、「日本の鳥の世界」(平凡社)、「鳥ってすごい!」(山と渓谷社)、「鳥の渡り生態学」(東京大学出版会)、「ニュースなカラス、観察奮闘記」(文一総合出版)など。