「日本に生息するカブトムシは完全な夜行性」という常識を覆した山口大学の研究成果が話題になりました。新知見もさることながら、論文の第一著者が小学6年男子、掲載先がインパクトファクター(ジャーナル影響度指標)が高いアメリカの一流学術誌というドラマのような背景が、衝撃をもって伝えられています。「小学生にやられた」「論文の著者の所属が小学校ってww」などと界隈をざわつかせた発見は、夏休みの自由研究から生まれました。山口大学の共同研究者に聞きました。
国内に生息するカブトムシは日没後、主にクヌギの木に飛来。日付が変わってから午前2時ごろまでの間、個体数はピークになり夜明けには飛び去ります。埼玉県の小学6年生の柴田亮さんは、山口大学大学院創成科学研究科(理学部)の小島渉講師と共同で、シマトネリコという外来植物に集まるカブトムシは、夜だけでなく昼間も活動することを発見。アメリカの生態学専門誌『Ecology』に掲載されています。
柴田さんは2019年と2020年の夏、自宅庭のシマトネリコに来るカブトムシの数を1日3~5回、毎日カウント。その結果、夜が明け完全に明るくなっても多くの個体がシマトネリコで採餌や交尾を行うことが分かりました。2020年にはカブトムシに油性マジックで固有の印をつけて追跡。162の個体調査から、多くの個体は夜間にシマトネリコに飛来し、日中もそのまま同じ木にとどまり続けていることが判明。中には24時間以上同じ木で観察される個体もおり、その活動パターンはクヌギでみられるものと全く異なるものでした。シマトネリコは台湾やフィリピンなど東南アジアが原産で、近年は庭木や街路樹で国内各地に植えられています。
小島さんは「不思議だらけカブトムシ図鑑」などの著書がある昆虫生態学の研究者。「わたしのカブトムシ研究」(さ・え・ら書房)で、昼間にカブトムシがシマトネリコに集まる可能性について触れており、それを柴田さんは読んでいたそうです。2019年夏に届いたメールをきっかけに、柴田さんの研究の質の高さに驚き、2020年から共同で調べるようになったそうです。小島さんに聞きました。
―SNS上では『Ecology』に掲載されたことへの驚きがありました。
「生態学分野でもトップクラス(上位10%くらいに入る)の雑誌で、掲載してもらうのは容易ではないと思います」
―柴田さんの研究の価値を。
「着眼点の面白さに加え、やはり、データの重厚さが肝だと思います。私を含め、この現象自体に何となく気付いていた人はいると思いますが、データとして示した人はいなかったからです」
―データを粘り強く集める探究心は研究者も顔負けだとか。
「彼のデータは、2年とも7月下旬から8月下旬まで、一日たりとも欠けていません。午前1時から4時ごろの記録も多く残しています。小学生の夏休みと言えば、他に楽しいこともたくさんあるはずなのに、それらを投げ打ってこの研究に取り組んだというのは、信じがたいことです」
―論文に対して全体的な責任を負う第一著者に柴田さんの名前があることも話題です。
「今回の論文のデータはすべて柴田さんがとられたものですし、彼の自由研究は、文章自体も非常に論理的に書かれており、すでに科学論文に近い体裁をとっていました。私はそれを英語に直しただけのようなものです。彼を第一著者にする以外の選択肢はありませんでした」
「なぜシマトネリコでは昼間もカブトムシが活動するのか、が彼のこれからの研究の中心になると思います」と小島さん。2021年夏の自由研究が今から待ち遠しいですね。
『Ecology』に掲載された論文「外来植物がカブトムシの概日活動パターンを変化させる」はこちら→ https://esajournals.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/ecy.3366