下半身不随の犬が、3日後に立った!歩いた! 症状が劇的に改善 ペットの再生医療って?

岡部 充代 岡部 充代

 ペット保険で知られるアニコム損害保険株式会社が公開した『アニコム家庭どうぶつ白書2020』によれば、家庭で飼育されている犬の頭数は878万頭、猫は978万頭、合計1856万頭で、15歳未満の人口1532万人を大きく上回っています。大半の家庭ではペットは家族の一員として大切に育てられ、病気やケガをしたときは動物病院へ駆け込むのが当たり前。一日でも長く一緒にいるため、できるだけ快適に過ごしてもらうため、最善の治療をしてあげたいと考える飼い主さんが多いはずです。

 ヒトの医療は日進月歩を続けていますが、それはペット医療も同じこと。いや、むしろ、ヒトに対して認可される治療法や治療薬は、その前に必ず動物実験が行われていますから、動物医療のほうが一歩前を行っていると言えるかもしれません。

 例えば、幹細胞を用いた再生医療。ヒトに対しては美容分野で活用されているものの、病気やケガによって損なわれた体の機能を補うための医療としては、まだ臨床研究や治験が行われている段階です。でもペットに対しては、すでに一般の動物病院で取り入れられているというから驚きました。

 大阪市阿倍野区にある『岸上獣医科病院』では、椎間板ヘルニアや変形性脊椎症などにより脊髄を損傷、下半身不随になってしまった動物やヒトの支えがないと歩けない動物などに対して、飼い主の同意を得た上で積極的に再生医療を行っています。立てなかった子が立てるようになり、歩けなかった子が歩けるようになり、さらには走れるようになった映像は衝撃的ですらあります。

「幹細胞が分化して神経細胞になるには約1カ月かかりますが、飼い主さんがコンビニに行っている間に歩けるようになった子もいました。それは特殊な例としても、脊髄損傷で車椅子生活だった子が、幹細胞の投与から1週間でフラフラしながらも歩けるようになり、1カ月後には走れるようになった、ほとんど動けずひどい床ずれができていた子が、歩けるようになって床ずれも治った、といった症例はいくつもあります。これまでに100頭以上に幹細胞を投与して、効果は80%以上ですね。予想以上に高い数字です。飼い主さんは大体、泣かれますね。あまりに早く改善が見られて『この子、うちの子じゃない』と言った飼い主さんもいたほどです」

 そう話してくださったのは岸上獣医科病院相談役の岸上義弘獣医師。動物の再生医療に長年、取り組んでこられたその分野の第一人者です。幹細胞についてもう少し詳しく教えていただきましょう。

「幹細胞には2種類あります。麻酔下にて皮下の脂肪組織を採取し、2週間培養して増殖させたのが“自家幹細胞”。他の子の幹細胞をマイナス196度で凍結保存したものが“他家幹細胞”。どちらも静脈に点滴して投与するのですが、後者は解凍時間だけですぐに投与できる利点があります。脊髄損傷部には約1カ月で“瘢痕(はんこん)”と呼ばれるケロイド状の組織ができます。これができてからでは幹細胞療法は効きません。自家幹細胞を培養していては間に合わない場合に、他家幹細胞が有効なわけです。不妊・去勢手術のときに麻酔下で採取しますから、その子にとって負担にはなりませんし、幹細胞は拒絶反応を起こさないので、他の子のものを投与しても大丈夫なんです」

 幹細胞による再生医療はまだまだ進化の途上。脊髄のみならず末梢神経への効果や、梗塞、アルツハイマー型認知症、慢性腎不全、アトピーなど様々な病気に対する効果が報告されているそうです。飼い主にとっては希望の光…ですが、ここで気になるのが「うちの子も受けられるのか」「費用はどれくらい掛かるのか」といったこと。率直な疑問を岸上先生にぶつけてみました。

「一番大切なのは発症したらできるだけ早く、ということです。瘢痕ができてからでは遅いので。かかりつけ医で診断を受けた日ではなく、飼い主さんが症状に気づいた日を起点に考えてください。自家か他家かは病気の種類や症状を見て判断しますが、急いだほうがいい場合は当日に他家幹細胞を解凍して投与します。解凍時間が必要ですから、月曜日から金曜日の午前中に予約してもらい、解凍に1~2時間、午後に投与してその日のうちに連れて帰ってもらえます。費用は他家なら1回の投与につき13万円で、多くの場合は2回投与するので26万円。自家の場合は総額26万円に体重別に2万円ほどの麻酔料を頂戴します。その他、診察料や検査費用が加算されるとお考えください」

 こうした治療を受けられる設備の整った病院は「全国に50くらいある」とのこと。岸上獣医師は毎月第1金曜日に東京・大田区の『北千束動物病院』、第1土曜日に西東京市の『アニマルウェルネスセンター』で診療にあたっています。

 ペットに対して最先端の治療を行うかどうか、決めるのは飼い主ですが、それを選択肢に加えられる時代になっているのです。

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