石焼き芋の販売カーから流れる旋律を、台湾人留学生が「おじさんの声で念仏を唱えるようなレコード」と勘違いしていたというツイートがSNSで拡散しましたが、音声分析の専門家がイスラム圏で流れる「アザーン」と比較分析したところ、いくつもの共通点が見えてきました。種の系統が違っても環境などから姿形が似たりする「収斂(しゅうれん)進化」のような音の世界の不思議です。
イスラム教徒は1日に5回、お祈りをする時間があります。その時を知らせるアラビア語による朗唱を、アザーンと呼びます。現在ではスピーカーから流れますが、そうした機器がなかった頃は礼拝の時間が迫ってくると、指導者がモスク(礼拝所)にあるミナレット(せん塔)に登り、肉声で呼び掛けたそうです。
日本最大のモスクである東京ジャーミイ(東京都渋谷区)は、アザーンから始まり1日5回の礼拝の仕方を説明した映像などをユーチューブに投稿しています。「マグリブのアザーン(東京)ラマダン29日目」では、男性が「神は偉大なり」という意の句「アッラーフ・アクバル」で始まるアザーンを朗々と唱えています。このアザーンの旋律について「焼き芋屋さんに確かに似ている」などとネットユーザーが反応しました。
音声分析のエキスパートである日本音響研究所(東京都渋谷区)の代表、鈴木創さんが3月上旬、この動画と焼き芋屋さんの動画について音源を比較分析したツイートを連続投稿。焼き芋屋さんの動画は、街の魅力を発信している「清澄白河ガイド」(東京都江東区)がユーチューブに投稿したもので、鈴木さんは「ある程度の共通点が見えてきました」と話します。
鈴木さんによると、音には3要素(大きさ、高さ、音色)があり、波形を確認し、周波数分析をすることで、ある程度の比較が可能といいます。両者の音源の波形を比べると、(1)一連の節が20秒前後であること(2)ベースになる音量と節回しにより大きくなる部分の音量差が約10dBほどであること(3)特に「あ」の母音で最大音量が出ていること―が確認されました。また、音の成分の分布状況を調べる周波数分析で音色をみると、特に大きく響いている部分については、ほぼ同様の周波数帯の音によって旋律が奏でられていることが分かりました。
礼拝への呼びかけ、片や行商の周知、全く異なるものになぜここまで共通点が。「屋外という条件で、できるだけ広い範囲にメッセージを伝えようとして、似たような発声になったのではないでしょうか」と鈴木さん。一定の時間内に正確に情報を伝えるには、長く伸ばす旋律が最適です。騒音が避けられない条件下で、多くの人に情報を伝えるという点では電車内のアナウンスも同様です。「他の音声情報と区別できるよう、独特の節回しやこぶしがあるアナウンスとも共通点があるとみられます」と話しています。
東京ジャーミイの担当者は「食事が人間の体の糧であるように、精神の糧、心の糧を得るために礼拝にいらっしゃいという呼び掛けがアザーンです。人の声で呼び掛けることに意味があると考えています」とコメントしています。