ノーベル賞作家カズオ・イシグロさんの6年ぶりの最新長篇『クララとお日さま』が3月2日、早川書房(東京・神田)より刊行されます。本作の主人公は、子どもの遊び相手として製造された人工知能搭載ロボット「クララ」。ある少女の家に買われていったクララは献身的に彼女に尽くしますが、一家には大きな秘密があって…? 全世界同時発売とあって、厳しい緘口令が引かれている内容に否が応でも、期待が高まります。
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イシグロ作品の特徴の一つはまず「信頼できない語り手」である主人公の存在。彼らは語りのなかで、ある情報を「今はその話をするのはやめておきましょう」などと言って隠したり、開示を先延ばしにしたりします。やがて物語の全体像が明らかになるにつれ、なぜ語り手が故意に(あるいは無意識のうちに)その事実を語り得なかったのかを読者は理解し、同情と共感を覚えます。ここに深いカタルシスがあります。
また、登場人物たちの関係性も魅力的です。代表作の一つ『わたしを離さないで』では主要な三人の登場人物たちは子ども時代から成人するまでを共にし、理屈を超えた、複雑で親密な感情で分かち難く結びついていきます。今作では、ふたりの「少女」の友情はどのように生まれ、育まれていくのでしょうか。担当編集者の千田宏之さんに聞きました。
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――本作を一読後、まず何を思われましたか?日本で最初の読者として、ぜひ感想をお聞かせください。
翻訳権の買い付けをしている関係で、日本で一番早く原稿を入手し、編集も手掛けることになりました。AIが主人公ということで、期待と不安を胸に読み始めましたが、まごう方のないイシグロ作品というのが感想ですね。人間に尽くすために生まれてきたという意味では『わたしを離さないで』を思わせますし、信頼できない語り手という意味では『日の名残り』など、ほかのイシグロ作品にも共通します。
――物語の鍵となる「AIと少女」の関係性はどのようなものなのでしょうか?
物語中でAF(Artificial Friend)と呼ばれる人工フレンドのクララは、十代の子どもたちの良きコンパニオンとして開発されたAIを搭載したロボットです。好奇心旺盛で、店で売られているときからウィンドー越しに人間の世界を観察しています。やがてジョジーという少女の家に買われていきますが、ふたりの関係については読んでのお楽しみということで。
――発売前の反響はいかがですか。
3月2日の世界同時発売日までその内容は緘口令が敷かれています。それでもカバーイラストや是枝裕和監督の推薦文など、 NOTEやツイッターで情報を少しずつ公開するたびに予約が増えています。SNSでは抽象的なイギリス版、アメリカ版のカバーに比べて、日本版が可愛い、あまりにも海外版と違いすぎると話題です。
この日本版カバーについては著者のイシグロさんからも「想像力に富み、子ども時代を想起させる独特の雰囲気がある。作中の架空の世界をも暗示している」と絶賛のコメントをもらっています。
――最後に、コロナ禍のなか、この物語を楽しみに待っている日本の読者にメッセージをお願いします。
コロナ禍で物語の力が見直されています。困難な時代だからこそ、人は物語に感動や救いを求めるのではないでしょうか。そんななか、カズオ・イシグロのノーベル文学賞受賞第一作が発売となります。人間とは何か、AIやロボットとの違いは何か?家族とは、愛とはなど、さまざまな問題を投げかける本作をぜひお薦めします。