林立する高層ビルの間を縦横無尽にチューブが巡り、その中をエアーカーが走り回る。そんな1970年台によく描かれた未来都市の図のようなビルが、大阪の中心部・梅田の近くにあります。ビルの名前はTKPゲートタワービル。円柱状(実は22角形)のビルで、16階建てのその5階から7階の間が大きな穴になっていて、そこを阪神高速道路が突き抜けているのです。
穴の空いた建物自体は意外とある
真ん中に穴の空いた建物は珍しいですが、探してみると結構あります。例えば兵庫県の播磨科学公園都市にあるマンション「サンライフ光都」はど真ん中が四角く抜けていますし、おなじく兵庫県姫路市にあった高尾アパートは3-4階部分にモノレールの駅(大将軍駅)があって建物の中を突き抜けていました(現在は解体され建物は残っていません)。
また、お台場にあるフジテレビの社屋なども大きな括りで言えば「穴のある建物」でしよう。
しかし、道路が突き抜けていて日々不特定多数の自動車が走り抜けていくビルというのはなかなかないと思います。
法律の改正でこの絵が実現した
そもそも法律上、こんな建物があっていいのでしょうか。
実はこのビルの建っている場所には、もともと薪や炭を製造する会社がありました。そして1983年ごろ、この会社は新しい社屋に建て替えようとしました。ところがその時期、阪神高速道路公団は新しく梅田の出入り口を作るため、この土地を買収しようとしていました。道路の計画は公共性があるため、社屋の建て替えにストップがかかってしまったのですね。
そうこうしているうち、1989年に道路法や建築基準法の一部が改正になって、立体道路制度が制定されます。その結果建物の一部に区分地上権を設定して道路を建設することができるようになりました。そこで両者が話し合いの末、その制度の適用第一号としてこのような形が実現したのです。
ちなみにこの制度は本来は地下などを想定したもので、国もまさかこんなことになるとは思わなかった、というところかもしれません。
外観だけでなく、かなり特徴的なビルの構造
現在ここのビルの案内板には5階から7階は「阪神高速道路公団」と表示されています。しかしその階にはフロアが存在していなくて、当然エレベーターは止まりません。また外から見るとこの階の部分も窓があるように見えますが、実はダミーです。あの階層はエレベーターシャフトと階段室があるだけです。
まるで阪神高速道路公団がテナントとして入居しているようにも思えますが、 区分地上権なので「テナント料を払って入居している」わけではありません。
構造上、このビルと道路は全く別の建造物で、「穴の空いたビル」の空間を「橋脚と橋桁に支えられた道路」が通過しているだけです。なのでこの先もしもビルが取り壊されても道路は単体で残ることができる構造ですし、逆の場合でもそれは同じです。
大都市の高速道路として首都高速と並ぶ阪神高速。ビルの合間を縫うように走る、どちらも未来都市を感じさせる道路です。1972年に公開されたソ連のSF映画「惑星ソラリス」では、未来の高速道路を走り回るシーンがありますが、あれは実は日本の首都高速です。建物の近くを曲がりくねって建設されている感じが未来っぽい、ということなのでしょう。さらにビルの中を突き抜けていく、というともうこれは未来そのものです。
狭い空間をきついカーブで抜けていくのは道路、特に高速としては厳しいわけですし、ビルの中を通すことについては交通事故などに備えた万全の防火性なども考えなければなりません。しかしこの景色を「せせこましい都会故の苦肉の策」と見るのではなく、「より未来っぽい景観」と前向きに捉えるとまた街の風景への愛着も湧くのではないでしょうか。