米国・マサチューセッツ州にある海辺の小さな街に住む沙織さん=40代・女性、救急動物病院勤務=は、アメリカ人の夫と息子、4匹の猫と1匹の犬と暮らしている。動物たちはみな元保護猫・保護犬だ。
「子供の頃から犬が大好きで、いつか絶対に犬と暮らすと決めていました」
完全なる犬派だった沙織さんが、4匹もの猫に囲まれて暮らすようになったのは、ある1匹の猫との出会いがきっかけだった。
安楽死のため病院に持ち込まれた瀕死の子猫
沙織さんは高校を卒業後、アメリカの大学に留学。獣医看護学部を卒業し、現地の動物病院に就職した。28歳の誕生日を3日後に控えたある日、沙織さんが勤務する病院にアニマルレスキューのスタッフが生後間もない子猫を連れてきた。推定生後3日、まだ目も開いていないその子猫は、左後ろ脚の足根関節から下の肉が引きちぎれており、骨が剥き出しになっていた。傷口は膿み、獣医師が顔をしかめるほどひどい悪臭。レスキュースタッフによると、空き家で野良猫が産んだ4匹のうちの1匹で、この子だけは助かりそうにないため、安楽死をさせてほしいということだった。
沙織さんが当時働いていた病院は、保護団体やアニマルシェルターと提携し、ボランティアで保護動物の治療、避妊・去勢手術行っていたため、こういった依頼は珍しくなかったが、沙織さんを含む病院スタッフたちは、この小さな命をどうしても見捨てることができなかった。子猫の状態から抗生物質の投与が妥当だったが、生後3日の子猫の場合、ショックで死んでしまうこともある。それでも一縷の望みにかけることにした。一方、レスキュースタッフは子猫を置いてすぐに空き家に戻ったが、怯えた母猫は姿を消し、残された兄弟猫たちは全匹死んでしまっていた。
この子は神様からの誕生日プレゼント
抗生物質のおかげで子猫は瀕死状態から一転、みるみるうちに元気になっていった。初日と2日目は同僚が家に連れ帰り、翌朝、子猫を連れて出勤。日中はスタッフみんなで面倒を見た。3日目は沙織さんが自宅に連れ帰る番。2時間おきにミルクをやり、トイレの世話をし、夜通し見守るのは大変だったが、小さな体で懸命に生きようとする姿に胸を打たれた。その日はちょうど沙織さんの誕生日。「なんだか縁を感じましたね。もしかしたらこの子は神様からの誕生日プレゼントかもしれないって。それに初めてこの子を見た時から、ひどい状態だったにも関わらず、なぜか絶対にうちの子にしようと勝手に決めていたんです。そもそも犬派だったし、猫を飼ったこともなかったのに(笑)」
その後も子猫は病院とスタッフの自宅を行き来し、1週間が経過する頃には膿もなくなり、かさぶたになった。剥き出しの骨は、神経が通っていなかったため切断したが、傷口はすぐにふさがり、3本脚で器用に走り回るほどに回復。1人でご飯を食べ、トイレも覚えた頃、「そろそろ、里親を見つけないとね」という獣医師の提案に、すぐさま手を上げ、沙織さんはめでたく“猫飼いデビュー”を果たした。
猫ってこんなにかわいいんだ
脚の骨が剥き出しの姿が海賊のようだったことから子猫は「キャプテン(通称キャピ)」と命名された。キャピくんは3本脚というハンデを物ともせず、遊ぶことが大好きで、家中を走り回り、畳んだ洗濯物に突進するやんちゃぶり。また犬のように人懐こい性格で、家の中では沙織さんに常にべったり。沙織さんもキャピくんをまるで我が子のようにかわいがった。「生後3日で死ぬ運命だったキャピがこんなに元気になって感無量でした。ご飯を食べては喜び、うんちをしては喜び。日に日に大きくなっていく姿を見るのが本当にうれしかったです」
動物病院に勤務してからは、犬だけではなく「猫もいいな」と思うようになっていたが、キャピくんと暮らしはじめて、「猫ってこんなにかわいいんだ」と驚かされた。走り回る姿も、寝顔も、ただご飯を食べているだけでもすべてが愛しく、かわいい。こんなにも猫に夢中になるなど予想もしていなかった。
キャピくんを迎えてから4年後、沙織さんは現在の夫と結婚。その後、ゴミ箱に捨てられていたスタンリーくん、事故で脚を失ったペギーちゃん、盲目のルースちゃん、体に大火傷を負った保護犬のビートルちゃんが加わり、大家族に。後に誕生した息子の海斗くんは生まれた時からもふもふのお兄さん、お姉さんに見守られ、みんなと大の仲良し。とくに長男のキャピくんとはいつも一緒だ。
沙織さんが一緒に暮らす猫や犬は、命を落としていてもおかしくなかった子たちばかりだ。欧米は保護猫・犬に関する意識が高く、日本よりも進んでいると言われているが、沙織さんはアメリカに関しては日本とそこまで差がなく、まだまだだと感じている。「息子が大きくなったらうちをシェルターにしたいと思っています。里親を見つけるのが難しい老猫、老犬や障害のある子を積極的に受け入れて、1匹でも不幸な動物を減らしたいです」と、語る。