飛行機のスピードの進化
1903年12月17日、ライト兄弟が人類初の動力飛行を行った。その飛行に使用したライトフライヤー号の最大時速は約48km/hだった。その9年後、1912年にはフランスのデュペルデュサン・レーサーが時速209km/hを記録し、1930年代に入ると大きなフロートを持った水上機だったイタリアのマッキMC72が最高時速709km/hを記録した。第二次世界大戦の末期、1945年頃には、各国の主力戦闘機の最高速度は軒並み時速600~700km/hとなり、ドイツのジェット戦闘機Me262の最高速度は時速860km/hを超えた。
第二次世界大戦後、アメリカ陸軍から独立したアメリカ空軍はNACA(現在のNASA)と共同で速度記録用のロケットエンジン機を開発した。1947年10月14日、チャック・イェーガーがそのロケットエンジン機X-1に搭乗し、人類史上初めて音速を越えることに成功した。現在まで、有人機の最高速度記録を保持しているのは同じくロケットエンジン機のX-15で、1967年10月3日に記録したマッハ6.7だ。高度3万1100mでの記録なので、ほとんど宇宙船とも言える。
音速と音の壁
音の伝わる速度は海面上(高度0m)、気温15℃に於いて、時速約1,225km/h(秒速約340m/s)であり、軍用機の性能などを表す場合、一般的にこの値をマッハ1としている。ただし、実際には、音の伝わる速さは気圧(高度)や気温に影響されるため、例えば、高度10,000mで気温が-50℃の場合では、音の速さは時速約1,084km/hとなり、この速度がマッハ1となる。つまり、海面付近では音速を超えるのに時速約1,225km/hを出さないといけないが、高度10,000mでは時速約1,084km/hで音速を超えられるということだ。
航空機の機体表面を流れる空気は、翼上面などで機体の飛行速度より速く流れている。そして、飛行速度がマッハ0.9あたりに近づくと、それらの部分では空気の流れが音速を越えるようになり、機体各部に衝撃波が発生する(この速度域を遷音速域という)。その結果、空気の流れが乱れ、翼の揚力を失って失速したり、激しい揺れを起こしたりして操縦が困難になる。しかし、もっと速度が増して、飛行速度が完全にマッハ1を越えた超音速域では飛行は安定する。エンジン出力が不足していたり、機体の構造が充分でなかった頃には、この遷音速域を超えるのが難しく、まるで壁があるかのように感じられたため、"音の壁"と呼ばれていた。
現在では薄くて丈夫な翼構造の開発や超音速飛行に適した翼の設計、そして何よりも高性能で強力なエンジンの開発によって、"音の壁"はたやすくのり越えられるようになっている。
衝撃波(ソニックブーム)
航空機が飛行するとき、機体の周りには音と同じ速さで空気の波紋が広がる。航空機の速度が増すにつれ、機体より前方の波が圧縮されて密度が高まる。そして、飛行速度が音速と同じになると空気の波紋は航空機より先に逃げられなくなって大きな抵抗となる。機体全体の飛行速度が音速を越えると、機体の先端部分と後方部分(主翼の後縁付近)の2か所で衝撃波が発生する。
衝撃波というのは空気の中を伝播する圧力波で、伝播するうちに減衰して音波(音)となる。つまり、空高く飛行する航空機が音速を越えると、通過した地上では機体の先端部分と後方部分で発生した衝撃波が前後2回の爆発音として聞こえるということだ。しかし、衝撃波が音波にまで減衰しないうちに地上に到達すると、建物の窓ガラスが割れたり、屋根瓦が落ちたりという被害をもたらすことになる。これがソニックブームと呼ばれる現象だ。
ソニックブームはかなり高空を飛んでも地上に影響を与えることがあり、高度5000mを飛行する機体が地上の窓ガラスを割ることもある。気象条件や飛行速度によっては、1万m―2万mを飛行する機体からもソニックブームが観測されることがある。
1960年代末にヨーロッパで開発されて、1970年代から実用化された超音速旅客機コンコルドは、ソニックブームの被害に対する住民の反対運動で航路は限られたものになり、超音速飛行を行うのは大西洋上のみとされた。最高速度マッハ2前後を誇る軍用機でも、平時に於いては超音速で飛行できる空域は限定されていて、そのほとんどは地上に影響のない海上になっている。そして、近年、開発されている次世代の超音速旅客機ではソニックブームを減衰する、または発生させない設計が研究されている。
ベイパーコーン
航空ショーなどで、特に湿度の高いとき、機体中央部付近に円錐状の水蒸気の傘を発生させながら飛行する戦闘機を見ることがある。見慣れない光景で、いかにも壁を突き破ったように見えるため、いろんなメディアで音速を超えた瞬間やブレーキング・サウンドバリアー(音の壁を破った)などとして紹介されていることも多い。しかし、これは遷音速域で部分的に圧縮された空気の温度が高くなり、それより後ろで急減圧されることにより、温度が下がって空気中の水蒸気が結露してできるもの。このとき、機体全体が音速を超えているわけではなく、もちろん、音の壁を突破した瞬間でもない。そもそも、音の壁とは、先に説明した通りで実在しない。
この雲はベイパーコーンと呼ばれ、実際にはごく短時間の間に数回、断続的に発生することが多い。このように、ベイパーコーンは衝撃波やソニックブームとは別の現象で、衝撃波やソニックブームは、通常目に見えないものだ。音速を超えなくてもベイパーコーンは発生するし、音速を超えてもベイパーコーンが発生するとは限らない。