周囲の冷ややかな空気
フィジカル・ディスタンシング(身体的距離の確保)を意識する日々は、わたしたちの生活に様々な不便を強いてくる。しかし、ディスタンシングそのものがわからずに、ただただ不安な毎日を送っている人たちもいる。
目で距離が測れない、視覚障害者だ。
視聴覚障害者と共に活動する「ダイアローグ・ジャパン・ソサエティ」(東京都)が、4月下旬に71人の視覚障害者を対象に実施したアンケート(全体では165名の視聴覚障害者に実施)では、新型コロナの感染拡大で生活に不便を感じていると回答した人は全体の65%、コミュニケーションに不安を感じると回答した人は約半数にのぼった。
同社のスタッフで全盲の大胡田亜矢子さんは「以前は街でも『お困りですか?』と声をかけてくださる方が多くいましたが、やはりそうしたことは減りました。この心細さがずっと続くのかなと不安になるときがあります」と話す。また、階段の手すりや券売機のボタン、陳列された商品といった目的物を手探りで確認する際にも、「触れることが感染拡大につながるのでは」と躊躇してしまうという。
さらに、盲導犬に対しての周囲の態度の変化にも心を痛ませる。「盲導犬は、たとえば飲食店や電車の中などで、顎を乗せて空席を教えてくれるのですが、いざ座ってみると隣の方とすごく距離が近いことがあるのです。『なんでわざわざここなの?』という気持ちを抱くことはわかりますが、その雰囲気を感じると、まわりにも盲導犬にも申し訳ない気持ちになります」(大胡田さん)。
ほかにも、道路で人とすれ違う際に「もっと間隔をとってほしい」といった空気感や、電車の車内やホームで「もっと離れられないのか」という雰囲気を感じ、不安になることもあるのだとか。
公益財団法人日本盲導犬協会、神奈川訓練センター・ユーザーサポート部副管理長の金井政紀さんは「空席を探す訓練を受けている盲導犬は、『チェアーゴー』などの声に応じて、自分の近くで目的物を探します。離れた場所にもっと空いている空間があったとしても、わざわざ遠くまで行くことはしません」とコメント。人とすれ違う際も、「犬にとってすれ違う人は障害物の一つ。障害物を避ける際には、飼い主が車道に近づきすぎないように障害物に沿ってよけるように訓練されています。また、障害物を避けたら、すぐに道の端に戻るよう教育されているので、たとえ歩道の真ん中が空いていたとしても、そこを歩き続けるということはしないのです」と話す。
盲導犬は、コロナ禍を知らない。ただただ、パートナーを危険から守るためにサポートに徹しているのだ。
わたしたちにできること
いつまで続くかわからない、ディスタンシングを守る社会。感染拡大防止に務めつつ、誰も取り残されない社会を作るにはどうすればよいのだろうか。
金井さんは「これが正解という方法があるわけではなく、その人の置かれている状況・立場によって違うとは思いますが、たとえばガイドする側が、視覚障害者の横や斜め後ろに立って、声かけでサポートするのはどうでしょう。それなら、身体に触れずにお手伝いができる」と提案。大胡田さんは「ディスタンシングを意識するのは当然のこととして理解できる。ただ、私たちはどうしても距離感がわからないので、『右のほうが空いていますよ』などと具体的に声で教えてくれるとありがたい」と訴える。ダイアローグの公報、脇本ひかるさんは「新しい生活様式に沿ってサスティナブルな解決を図っていくため、こうした困難の解決に向け『視聴覚障碍者からの7つの提案』(※1)を策定しました。これを読んでいただき、一人ひとりができることを共に考えていけるとうれしい。対話しながら、誰も取り残されない社会の実現へと進みたいですね」と力を込める。
一方、アンケートでは「変わらず声をかけてくれる人がいる」といったポジティブな回答も多々見受けられた。「信号が青になっているのに気づかずにいたら、車から『青ですよ!』と大きな声で教えてくれた人がいた。人の温かさや優しさを何倍にも感じられるのは、ウイルスのおかげかもしれません」(大胡田さん)。
ウイルスによって見えてきた、社会の課題とポジティブな側面。まずは課題を知ること、今できることを考えることが、誰も取り残されない社会に近づく一歩になる。