東京・八王子にある多摩美術大学のキャンパスに新設された喫煙所が、7月中旬からSNSに投稿されて話題になっている。出入口のある正面部分が透明で、長方形の箱型というフォルムに喚起されたイメージを喫煙所に重ねた、美大生による遊び心にあふれたツイートが反響を呼んでいるのだ。この喫煙所が誕生した経緯や背景について、大学側に確認した。
ショーウインドーの中で老若男女が思い思いにタバコを吸っている様子は、これは記者の主観であるが、「人間」という種の動物がオリの中で過ごしているようで、その生態を外部から観察できるように展示されているようにも見える。
今回、話題になった投稿では、美術館の解説文のように「喫煙者」と題し、現在の喫煙人口や将来的に喫煙者が絶滅危惧種であることなどを紹介した張り紙が貼られた。その場や空間を作品とする現代美術の手法「インスタレーション」を彷彿させるという指摘もあった。張り紙は既にはがされているが、反響を呼んだ。
また、学生が機材やスピーカーを持ち込み、外部から内部が見える「サテライトスタジオ」のような状況で実況中継を行った様子も動画や画像で投稿された。ツイッターでは「多摩美のガラス張り喫煙所が動物園になったり、ラジオブースになったり、楽しそうでいい」といったコメントが寄せられた。そうした発想を喚起させた要因は、やはり喫煙所そのもののデザインにあるといえるだろう。
そこで、広報課を通して喫煙所ができたいきさつをうかがった。担当者は「これまでは、屋外や建物内のベランダなど決められた場所に灰皿を設置して喫煙所とし、受動喫煙防止に努めていましたが、『健康増進法』の一部改正を受けて、必要な要件を満たす新しい喫煙所を設けた」と説明した。
改正健康増進法は昨年7月に公布され、今年7月1日から一部施行された。2020年の東京五輪・パラリンピックを目前に控え、「世界最低水準」と海外から批判されている日本の受動喫煙対策の強化が狙いだという。つまり、この喫煙所は同法の一部施行を機に生まれたことになる。
そのデザインにはどのような意図があったのか。担当者は「特別な意図はありません」とし、「厚生労働省に出ているガイドラインを参考に、要件を満たす既製品を購入し、設置しました」という。芸術的な観点でなく、行政的な必然性から生まれたというわけだ。
そして、このコメントにある「要件」がキーワードになる。
学校、病院、行政機関の庁舎などでは敷地内が禁煙となるが、屋外で受動喫煙を防止するために必要な措置が取られた場所であれば喫煙所を設置することができる。従って、多摩美の場合も「たばこの煙を遮断するブース」であることによって、この「要件」を満たす。そこから、屋根のある密閉式の喫煙所になった。もちろん空調設備で換気もされている。
ちなみに7月中旬という時期にSNSへの投稿が目立ったことについて、担当者は「オープンキャンパスを開催しておりました。そのため、より多くの人の目についたものと思われます」と補足した。喫煙所を利用したパフォーマンス的な行動について、記者は肯定的な視点から問うたところ、大学側としては「喫煙所の本来用途から逸脱した用途については指導をしつつ、適切な喫煙所利用を促していきたい」と見解を示した。
パフォーマンスがなくても、喫煙所内の壁には学生が描いたイラストなどの作品がさりげなく貼られ、紫煙をくゆらす数分間、利用者の目をなごませている。改正健康増進法を受けて各地で喫煙所が撤去される中、その場所の個性と法に見合った喫煙所もまた、新たに生まれている。
(デイリースポーツ・北村泰介)