コロナ禍の2020年に登場し、今なお人気が衰えないネットドラマがある。タイトルは「おやじキャンプ飯」。YouTubeのほかAmazon PrimeやU-NEXTなど5社から配信されており、シリーズ4作の再生回数はYouTube配信分だけでも1600万回(4月23日現在)を超える。
ストーリーは、いたってシンプルだ。ソロキャンプをしている「どこにでもいそうなおやじ」の、キャンプ場で出会う個性的な人たちとの「ゆるい触れ合い」が描かれる。アップダウンを抑え、大事件も起こらないが、観ていて退屈しない。
YouTubeのコメント欄には「映像と音が心地よい」「焚火と中華鍋の音が最高!」などのコメントが多く投稿されている。
「おやじキャンプ飯」の魅力や制作意図について、企画・監督・脚本を務めた馬杉雅喜さん(株式会社シネマズギックス代表取締役)に聞いた。
情報過多の時代にあって敢えて「空白」を楽しむ
俳優の近藤芳正さんが演じる主人公・坂本明夫は、元中華料理屋の店主。シーズン1の京都編では59歳の設定だ。家なし、職なし。奥さんと離婚し、一人娘は国際宇宙ステーションに滞在する宇宙飛行士。かつて経営していた町中華の屋号「旬華秋冬」が残る色褪せた軽ワゴンにキャンプ道具と中華鍋を積み込んで、ソロキャンプをしながら暮らしている。時々アルバイトや日雇いに出て、わずかな収入はあるようだ。
そんなドラマを企画した意図を、馬杉さんは次のように語る。
「コロナ禍にあって、人々の思考がネガティブになりがちでした。何も考えなくていい時間を提供したいと思い、自然の中でキャンプがいいのではないかと考えました」
「おやじキャンプ飯」で徹底して貫かれているのは、セリフを極限まで削ぎ落した「空白」だ。「セリフで説明しすぎるのが嫌だった」と語る馬杉さん。作り手としての挑戦も含め、シンプルなストーリーを目指した。
その究極といえるのが、和歌山編の第3話だ。セリフは「家族」と、国内のアウトドアブランド「NANGA」の二言だけ。
主人公の明夫が滞在するキャンプ場に、突如、謎の中華料理人・陳利洋(温水洋一)が現れる。もちろん見知らぬ同士だが、期せずして「料理対決」が始まる。お互い無言のまま、ムキになって鍋を振り合ううちに、2人の間には友情に近い感情が芽生え、写真を見せあって「家族」と一言ずつ交わす。そして陳さんがキャンプ場を去るとき、キャンプ道具のひとつを明夫へ手渡す。それを手に取った明夫が「NANGA」とつぶやく。それでも、ストーリーはしっかり頭に入ってくる。
また、この作品には、映像のバックに流れるBGMがない。焚き火の爆ぜる音、中華鍋がぶつかる金属音、風が抜ける音だけが聞こえる。視聴者はその「間」に身を委ねて情報の処理をやめ、マインドフルネスに近い感覚を味わうのだ。
シーズン1の京都編から始まって和歌山編、滋賀編、大分編の4シリーズそれぞれに基本となるテーマがある。京都編は娘との関係を再構築、和歌山編では別れた奥さんを登場させ家族の再構築、滋賀編ではキャンプ場オーナー(中山忍)との間に芽生える成就しない恋、大分編では友情が描れた。さらに大分編の第3話では、車いすでキャンプをする女性を登場させ、バリアフリーが進んでいるとはいえないキャンプ場の現状を憂慮するエピソードも盛り込んでいる。
成長しない主人公と徹底した「リアリティ」へのこだわり
「主人公の明夫さんは、成長しなくていい」と、馬杉さんは言う。
「そのままでいいんじゃないかという、とにかく否定をしない作品を作りたかったんですよね。YouTubeにも『(明夫は)いつまでたってもキャンプが上手くならない』というツッコミがあるんですけど、それは僕の狙いなんです」
日々成果を求められるビジネスマンの心に、明夫を通して描かれる「不器用なおやじ像」が共感を呼ぶのかもしれない。
この作品で馬杉さんが強くこだわっているのが、リアリティだ。明夫の人物像もそのひとつだが、彼が使うキャンプ道具の中には100円ショップで売られているようなものもある。そして、料理の外観も、整いすぎないよう気を配ったという。例えばチャーハンを皿に盛ったとき、必ずしもきれいなドーム状になっていなかったり、目玉焼きの形が歪だったりすることは、日常よくあること。
「料理が綺麗すぎると、嘘っぽくなります」
一方で、映像の撮り方は徹底してこだわった。
「普通のドラマ並みの機材を使って撮っています。そのうえで着飾っていない料理を提供するというのが、僕が思うシズル感だと思っています」
「おやじキャンプ飯」で47都道府県をめぐりたい
2020年に京都編を制作したときは、これを最後の作品にして会社を畳む覚悟だったという馬杉さん。ところが予想に反して好評で、「続きが観たい」と要望する声が上がった。作品を応援してくれる企業も現れた。その輪は次第に広がりを見せ、京都編に続いて和歌山編、滋賀編、大分編と、シリーズを重ねるごとに、エンドロールに表示される応援企業や個人のサポーターの数が増えた。最終的には47都道府県をめぐりたいという、壮大な構想もある。
「頑張っている大人はパソコンや仕事に向き合い、常に下を向いています。だからこそ、このドラマを通じて少しでも上を向いてほしい」
47都道府県をめぐる「おやじキャンプ飯」の新作も待ち遠しいところだが、馬杉さんの温かなまなざしは別のテーマにも向けられている。現在進行中のプロジェクトとして、注目したい作品が2つある。
ひとつは、全国に24000局あるといわれる郵便局をめぐりながら、スタンプを集める「局めぐ」という趣味をテーマにした「局めぐおやじ」。亡き妻がめぐった郵便局をたどり、彼女がハガキにしたためた俳句の意味を探る定年後の男性を、温水洋一さんが演じている。連続ドラマ化を前提に企画され、Amazon Primeでパイロット版を公開中だ。
そして、地方での就労問題を、現役の大学生と共に縦型動画で1本あたり5分程度のショートドラマで描くプロジェクト「サクラノ夜ニ」。いずれの作品も、効率や数値だけでは測れない「人間の体温」を感じさせる。
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▽おやじキャンプ飯 YouTube
https://www.youtube.com/@oyaji-camp-meshi
▽Instagram
https://www.instagram.com/official_oyaji
▽公式 X
https://x.com/official_oyaji
▽サクラノ夜ニ(4月10日から毎週金曜22:55~KBS京都で放送)
配信(全10話)https://www.youtube.com/@Kyotanwashort/videos