水族館の冬の風物詩といえば赤い衣装を身にまとった「サンタダイバー」です。水槽の中で軽快に泳ぎ、サンタのプレゼント箱に入った餌を配る姿は毎年人気のパフォーマンスになっています。けれど、水中でふわりと揺れる鮮やかな赤は、海の捕食者が反応しやすい“血の色”にも近いはず。サメやウツボに襲われたりしないのだろうか……。そんな素朴な疑問も含めて、実際に水槽へ潜るダイバーに話を聞いてみました。
今回お話を伺ったのは、サンシャイン水族館で屋内最大の「サンシャインラグーン」担当の黒澤華織さんと、屋外「天空のペンギン」担当の渡邉果南さん。それぞれ環境の違う水槽で潜るサンタダイバーは、衣装も動き方も、そして苦労もまったく異なっていました。
サンタ衣装は実は細かい工夫だらけ! 水槽ごとに異なる"プロの技"
――サンタ衣装にはどんなこだわりがありますか?
黒澤さん(ラグーン):衣装は市販のコスチュームですが、水中で見栄えがよく、なおかつ繊維が抜け落ちないものを選び、色落ちしないかは事前に浸水テストしています。上着が水中でめくれるとエイや魚が寄ってくるため、裾に小さな重りを入れる内ポケットを4つ自作して水中での安定性を高めています。また、サンタのヒゲは安全のため毛が短めのものを選び、会話ができるように口まで覆うフルフェイスマスクに固定しています。サンタ帽はマスクと干渉するため、後ろを切って布を足しゴム紐も延長し、さらに帽子内に空気がたまらないよう先端に小さな穴も開けました。
渡邉さん(ペンギン):サンタ服は上下セパレートで、ウェットスーツの上から重りのベルトとベスト型ウェイトを装着し、上着で隠しています。魚と違ってペンギンは寄ってこないものの、服がひらひらすると見栄えが悪いので、横姿勢をキープして泳ぐようにしています。また、帽子や袖、裾がめくれないようにゴムを縫い付けて対策しており、細かいところは“自作”ですね。耳に引っ掛けるタイプの長いヒゲは、水流で視界を奪われることがあります(笑)。
着衣での泳ぎは「かなり重たい」「動きが鈍くなる」
――サンタ服だと泳ぎにくいですか?
黒澤さん(ラグーン):普通のダイビングよりもかなり難しいです。着衣だと重たいので水の抵抗も感じます。動きが鈍くなると、すぐにお魚たちが寄ってきてしまうので、普段よりしっかりまわりを見て動くように気をつけています。特にエイは毒針を切らずにそのまま飼育しているので、刺されないよう注意しています。
一般的なダイビングと違い、タンクは背負わずホースで空気を送る方式を採用しているのは、狭い水槽内でも動きやすく、サンゴや岩などに当たらないという利点があるからです。ただ、タンクの重さがなく沈みにくくなるため細かいウェイト調整と潜水技術により中性浮力を保つ必要があります。
渡邉さん(ペンギン):ペンギン水槽はガラスが曲面になっていて、浅い場所と深い場所が極端に分かれています。サンタ服には浮力があるので、深いところに合わせて重りをつけると、浅いところでは重くて浮上が大変。上下の移動が難しいですね。
魚やペンギンの反応は? 慣れてもらうために2カ月前から毎日練習
――サンタの衣装を着ると魚やペンギンの反応は変わりますか?
黒澤さん(ラグーン):サンタダイバーは毎年12月しか登場しないのであまりに慣れていない魚たちは最初びっくりして寄ってこない場合もあります。そこで2カ月前から毎朝練習し、餌をあげながら安心してもらうようにしています。大きなトラフザメはここにきて16年目の大ベテランなのでサンタダイバーにも慣れています。もともとおとなしい性質なので抱きかかえて一緒に泳ぐこともできるのです。ただ、吸い込む力が強いので、餌やりの際は注意が必要。ウツボも牙が鋭いため、最初は長い棒で距離を取り、慣れてきてから手渡しに移行します。魚同士の接触もなるべく回避させるためにこちらの動き方を考える必要がありますね。そういった面でも慣れてもらうために早めに準備をしているのです。
渡邉さん(ペンギン):サンタの衣装は青も赤も反応はあまり変わりませんね(笑)。もともとペンギン自体がダイバーに慣れるものではないので、水槽の掃除をしても寄ってきません。さらにサンタ服を着ると体が大きくなるので、最初はびっくりして逃げ回って餌をあげても近づいてきません。それではショーにならないので練習は1カ月半前から餌やりを始めて慣れるように訓練しています。
サンタダイバーになるまでの道のりは? 花形だけに厳しい基準
黒澤さん(ラグーン):私は3年目ですが、今年が初めてのサンタダイバーです。サンタダイバーは、2011年リニューアル前のサンシャイン国際水族館のときから毎年続く伝統イベント。ダイバーは魚チームだけでも総勢15人いて、それぞれの水槽を担当しています。そのなかでも45種類、1,500匹のお魚たちが暮らすラグーン水槽は、4人のサンタダイバーが務めています。サンタダイバーは浮力調整装置(BC)をつけずに中性浮力をマスターし、さらに美しいパフォーマンスができることが必須条件です。私はその技術習得に1年以上かかりました。フルフェイスマスクでMCと掛け合いを行うため、水中でも会話できます。
渡邉さん(ペンギン):ペンギン水槽にサンタダイバーが登場するのは今年で3回目です。私は2回目から潜っていて、去年は青いサンタダイバーでした。ラグーン水槽とは別チームで、ペンギン水槽のみ担当しています。しながわ水族館と合わせると飼育歴は15年です。
一番の過酷さは水温18℃! 屋外ペンギン水槽の厳しさ
――サンタダイバーで一番大変なことは何ですか?
黒澤さん(ラグーン):サンタダイバーは動きづらいので、サメやウツボの給餌はやりません。餌も上からまいて食べる魚、直接ダイバーが餌をあげる魚がいます。どの魚がどういう餌をどのくらい食べたのかを管理するのも飼育員の仕事。掃除中に子どもが手を振ってくれることも多く励みになります。
渡邉さん(ペンギン):実は水温が堪えます(笑)。ラグーン水槽は一年中24~25℃なので快適なのですが、ペンギン水槽は屋外ということもあり、12月ころだと18℃くらまで下がるため寒いんです。そのためラグーン水槽は半袖ウェットスーツですが、天空のペンギン水槽は5mm厚の長袖ウェットスーツか人によってはセミドライスーツを着ます。ペンギンの場合は陸上に移動してから給餌するのが一般的で、泳いでいるときに投げ入れることもあります。水中で給餌するのはサンタダイバーだけなので慣れが必要なわけです。午前と午後で餌やりイベントが続くため、ペンギンの“食いつき”が悪くならないよう餌の量も細かく調整しています。
赤い衣装でサメに襲われないのかという疑問も聞いてみましたが、「サンタ衣装の色で襲われることはない」とのことでした。水槽内の生物は普段から餌の時間や動きを把握しており、「赤=餌」ではなく「動きが遅くて安全なダイバーさん」という認識のようです。サンタダイバーの華やかな姿の裏には、衣装の細かな加工、生きものへの配慮、そして水温との戦いがあります。そして何より印象的だったのは、魚やペンギンに慣れてもらうために長期間の練習を欠かさないという地道な努力でした。
サンタダイバーが登場する「Enjoy! AQUARIUM Happy Holidays」は、12月1日から12月25日まで開催。ラグーンの壮大な海の景色で泳ぐ魚たちも、空を飛ぶように泳ぐペンギンたちも、そして私たちも、サンタダイバーに会えるのは今だけ。この冬、ちょっと特別な“水中のクリスマス”を体験してみては?
▽サンシャイン水族館
https://sunshinecity.jp/aquarium/