性的マイノリティに対する差別や偏見がまだ横行していた1960年代の日本で、性別適合手術の違法性を争った実在の裁判に着想を得た映画「ブルーボーイ事件」が、11月14日から全国公開される。手術を行った医師が優生保護法(現在の母体保護法)違反などで有罪判決を受けたこの裁判には、実際に手術を受けた「ブルーボーイ」と呼ばれるトランスジェンダー女性たちが証人として出廷したという。極めて今日的な題材であると同時に、徹底した当事者キャスティングなどで公開前から注目を集めている本作について、主人公サチを演じた中川未悠さんに話を聞いた。
1995年生まれの中川さんは、大学生の時に男性から女性への性別適合手術を受け、戸籍上の性別も変更したトランスジェンダー。普段は飲食店で働いており、演技は未経験ながらオーディションで役を勝ち取った。ちなみに本作でブルーボーイを演じる俳優たちは、いずれもトランスジェンダーやノンバイナリーの当事者たちで、監督の飯塚花笑さんも、自身のアイデンティティを反映した作品を手がけてきたトランスジェンダー男性である。
当事者キャスティングで描く実在の事件
本作の大きな特徴のひとつであるこの当事者キャスティングについて、中川さんは「映画の世界は初めてなのであまり詳しくは知らないのですが…」と前置きしつつ、「例えば『ミッドナイトスワン』(2020年)の草彅剛さん、『彼らが本気で編むときは、』(2017年)の生田斗真さんのように、ストレートの俳優さんが映画などでトランスジェンダーの役を演じることはよくあります。個人的には、その人のお芝居の幅の広さを感じられて素敵だな、とポジティブに受け止めています」と話す。
一方、近年は当事者「以外」のキャスティングに対してしばしば批判の声が上がることも。しかし中川さんは「トランスジェンダーである自分がこの先、ストレートの母親のような役を演じる可能性もある。当事者キャスティングが絶対的な原則になってしまうと、そういった場合に私の方が逆に批判されるかもしれない」として、当事者キャスティング自体にそれほど強いこだわりはないと明かす。
とはいえ、そんな中川さんでも、本作の明確なメッセージ性を反映した当事者キャスティングには、大きな意味があったと感じたそうだ。
「キャラクターの台詞と演じる人の生い立ちに重なる部分が多く、ご本人の心からの言葉のように聞こえる瞬間が何度もありました。私の台詞にも、社会が求める女性らしさのイメージと男性の体で生まれた自分とのギャップに苦しんでいた時期に、まさに自分が思っていたような言葉があったので、より強く気持ちを込めることができたかもしれません」
「飯塚監督、プロデューサーの遠藤日登思さんを筆頭に、現場では『これは自分たちだけの問題ではない』『この事件のことを世間に伝えたい』という思いがしっかり共有されていました。『ブルーボーイ事件』は2人がずっと温めてきた企画で、脚本を完成させるまで5年くらい時間をかけたとも聞いています。演技未経験ではありますが、私もやるからには全力で取り組もうと覚悟を決めて臨みました。多様性、多様性と言われすぎてもうお腹いっぱいという人もいるかもしれませんし、私もそう思うことがないわけではありませんが、今公開されることに意味がある映画。いろんな世代、立場の人に見ていただきたいです」
トランスジェンダーとして下の世代のためにできること
トランスジェンダーの当事者として、中川さんは中学校や高校などで講演することも多い。近年はLGBTQを取り巻く環境や考え方が学校現場でも大きく変わってきているのを感じることが増えたという。
「10年くらい前なら、講演後に『同性を好きになった』みたいなことをこっそり相談してくる生徒が多かったですが、ここ1、2年は、廊下とかで『私ら女の子同士で付き合ってるねん。先生も知ってるで』とあっけらかんとした態度で話す子にも出会うようになった。もちろん学校にもよると思いますが、『世の中こんなにも変わったんだ』と感動してしまいました」
中川さんが講演や今回のような映画出演を通じて常に考えているのは、「下の世代が生きやすい社会にするために、自分に何ができるのか」ということだという。
「トランスジェンダーに限らず、映画でも現実でも『信頼できる人がいる』というのは大きな励みになります。私自身、友達や家族、学校の先生に恵まれたからこそ今こうして明るく生きていられる。もし独りで抱え込んでいたら、きっと辛くて命を落としていたと思う。若い子たちがそんな苦しみを味わわず、希望を持って生きていられるように、これからも自分なりに発信を続けたいと思っています」
「ブルーボーイ事件」は11月14日(金)から公開。
【公式サイト】https://blueboy-movie.jp/