「前の晩から、壁の中で子猫の声がする!」
老齢の男性が娘にこう相談したのは、2023年8月のこと。これを聞いた娘は友人を介して、三重県名張市で活動をする保護猫団体「にゃにゃ倶楽部」にすぐ連絡を入れます。にゃにゃ俱楽部のスタッフは、日曜大工の道具を車に載せ急いで現場に向かいました。この日はうだるような暑い日で、急がないと子猫の命が危ないのです。
現場は伊賀市の山間部にほど近く、餌やりボランティアさんの目が届かない場所。どうやら瓦屋根の隙間から天井裏に入った母猫が出産し、子猫が壁の隙間に落ちてしまったよう。
これで一安心と思ったものの
連絡をくれたお爺さんは、先に壁穴から転げ落ちてきた1匹の黒猫を保護していました。それでもまだにゃーにゃーと声が聞こえるので、「早く助けてほしい」とおろおろと繰り返し言います。それを聞いたにゃにゃ倶楽部のスタッフは、心配そうにお爺さんに尋ねました。
「子猫を助けるには、壁を壊さないといけませんが…」
お爺さんはきょとんとした顔で、答えます。
「もちろん、壊してください。子猫の命の方が大事ですから」
お爺さんからOKをもらい、スタッフが慎重に壁を壊していきます。子猫はその音が怖くて逃げようとしますが、体が挟まっているので動けません。ようやく壁板が外され、遂に中から1匹の子猫が助け出されます。お爺さんは大感激!
でも、お爺さんは他にも子猫がいるような気がすると言います。にゃにゃ俱楽部のスタッフも母猫がいないことに不安を覚えるものの、助け出された2匹の子猫たちの衰弱が気になります。2匹は一旦、にゃにゃ俱楽部のシェルターでミルクを与えることに。まだ保護されていない猫たちのためにフードと捕獲器を設置して、この時は現場を後にしました。
子猫を呼ぶ音声を流して
スタッフのひとりは気がかりだったため、夕方、仕事帰りに現場へひとり向かいました。すると、屋根の上に1匹の成猫が見えるではありませんか。
「母猫かもしれない」
成猫が1匹で佇んでいるということは、お爺さんが言う通り他にも子猫がいる可能性があります。スタッフは他団体にも応援を依頼しました。駆けつけてくれたボランティアの提案で、スマートフォンから子猫を呼ぶ母猫の音声を流すことに。途端に、天井裏でドドドドと走り回る音が聞こえてきました。
「やっぱりいた!」
直感は大当たり。まだ数匹の子猫が天井裏にいるようです。この子たちも助けたいけれど、そうなると今度は天井板を外さなければなりません。お爺さんは構わないと言ってくれますが、にゃにゃ倶楽部が持っている日曜大工の道具では対応が難しい。
ふと屋根を見上げると、あの成猫の姿がまだありました。やはり母猫のようです。子猫たちが心配で心配でたまらないよう。初めて目にした時より、小さく見えました。彼女のためにも、子猫たちを救い出したい。
人手が増えても、簡単に捕獲できるわけではありません。やはりどうしても天井板の扱いが難しい。すると、近くで工事をしていた職人さんたちが、おずおずと申し出てくれました。「自分たちが天井板ぐらい外しますよ」と。お爺さんもにゃにゃ俱楽部も大喜び!この職人さんたちに押し入れから天井板を外してもらい、計3匹の子猫が救出されました。捕獲器を使わず、なんと手づかみで。
全員が保護された時には、その場にいた人みんながガッツポーズ!その様子を屋根から母猫が見つめていました。
次の日、子猫たちは動物病院へ。1匹は生まれつき片方の眼球がありませんでしたが、それ以外は健康!他の4匹もすぐ里親募集をしても大丈夫と太鼓判を押してもらいました。
屋根の上の母猫
残るは屋根の上の母猫1匹。何とか保護したいけれど、子猫を救出している間に太陽は西に沈んでしまっていました。お爺さんも何とかしてあげてと懇願するのですが、真っ暗の中、屋根に登るのは危険です。この日は捕獲器を設置してにゃにゃ倶楽部は帰路に就きました。
次の日、捕獲器を見てみると母猫が入っています。暴れることもなく、おとなしく。スタッフが声をかけると、静かに「にゃ」とお返事をしてくれました。このまま動物病院へ向かい、検査を行います。
そこで分かったのは、母猫がマンソン裂頭条虫症にかかっていること。これはカエルやヘビを食べることでかかる寄生虫由来の病気です。子猫たちはまだ母乳を飲んでいたため、かかっていませんでした。
この凛と生きた母猫は「りんたん」と名付けられます。自分と子猫たちが助けられたことを理解しており、にゃにゃ俱楽部のシェルターではスタッフを威嚇することなく穏やかにケアを受けてくれました。
子猫たちに全員新しいお家が見つかると、「もう大丈夫ね」とりんたんは子猫たちの世話を止めます。人間は信頼できる存在だと、りんたんは知っているから。
今度は看板にのった猫
現在のりんたんは、大阪府高槻市にある譲渡型保護猫カフェ「チェリッシュ」で新しい家族を待っています。人間は信頼しているけれど、ベッタリはしないのがりんたん流。仲良しの猫とだけ遊びます。
実は、最近リニューアルしたチェリッシュの看板にりんたんの写真を使ってもらったんですよ。頑張って生き延びた保護猫代表として。阪急高槻市駅から高架下を西に2分ほど歩くと、りんたんにいつでも会えます。
つらいことがあったら、見上げてくださいね。どれだけ過酷な状況でも諦めず、我が子を守ろうとしたりんたんの姿に元気をもらえますよ。
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