転んだ人がいても「大丈夫ですか」と言えなくて…吃音当事者の“あるあるネタ”配信し広がる共感 「ありがとうが言えない少年」の成長と挑戦

古川 諭香 古川 諭香

TikTokやYouTubeなどが人気となっている近年は、自身のハンデを動画で伝え、理解や認知を広めようと奮闘している人も多い。時辻千寛(ときつじ・ちひろ)さんも、そのひとりだ。

時辻さんは高校生の頃、自身が吃音であることを自覚。最初は困惑したが、今では吃音であることを積極的に配信し、同じ境遇の人に勇気と元気を与えている。

同級生からの指摘で「吃音」であることを自覚

吃音の症状は主に、言葉の頭の音を繰り返す「連発」、言葉の最初の音を引き延ばす「伸発」、言葉がなかなかでてこない「難発」の3タイプに分けられる。

時辻さんの場合は、難発だ。緊張していないのに、頭に浮かんだ言葉を口に出しづらい。話す時に違和感を覚えてはいたが、自身が吃音であることを自覚したのは高校生の頃だった。

きっかけは、同級生から吃音ではないかと指摘されたこと。気になり、ネットで症状を調べると、自分が抱えている辛さとぴったり一致した。

学生時代、苦手だったのは号令の挨拶やプレゼンテーション、本読みなど。中でも、言い換えができず、教科書に書かれている言葉を、そのまま口に出さないといけない本読みの時間は苦しかった。

「言葉が出ない時、放置する先生もいれば、軽く笑う人もいました。それは嘲笑ではなく、吃音を知らなかったからだと思います」

自分が吃音であるという事実に、最初は大きなショックを受けた。なぜ、自分だけが…と受け入れられない日々が続いたそう。大学生の頃、飲食店でアルバイトをし、ホールを任せられた時には提供時に料理名が言えず、苦労したことも。

「ご注文お伺いしますという言葉が言えませんでしたし、『な』という言葉は特に言いにくいので、ビールを提供する時、『生』が言えなくて。だから、料理名を言わず、お客さんに提供していました。どうしたらいいのか、結構悩みました」

困惑しながら、無言で料理を提供する中では「なんで、あんたがスタッフなんだよ」と、来店客から怒られたり、無言で怪訝な顔をされたりしたという。

そうした経験をしつつも、時辻さんは徐々に吃音である自分を受け入れられるように。そして、人と話すことが苦手な性格を変えたいと思い、なんとヒッチハイクに挑戦した。

きっかけは、堀江貴文氏の本を読んだこと。堀江氏も人と話すことが苦手で、学生時代に友人とヒッチハイクをしていたことを知り、自分も挑戦してみたいと思ったのだ。

記念すべき、最初のヒッチハイクでは大阪から北海道へ。目的地には、なんと3日で着くことができた。2回目は、大阪から鹿児島へ。外国人にホテルへ連れていかれるなど、時にはヒヤリとした思いもしながら、計4回のヒッチハイクを楽しんだ。

「こういう成功体験は、自分を好きになるために大切なことだと感じました」

動画配信や自伝で吃音への理解を広める

TikTokで吃音当事者の日常やあるあるネタを配信するようになったのは、チック症(まばたきや咳払い、首振り、奇声などが本人の意思に関係なく繰り返し出る疾患)のTikTokerの動画を見たことがきっかけだった。

自分も吃音のことを配信してみよう。そう思い、動画をアップしてみた。コンビニやファーストフード店で言葉が出てこず困ったことなどを取り上げると、同じ悩みを抱える当事者から続々と共感が寄せられた。

中には、見知らぬ人が転んで声をかけたくても、「だ」の音が出てこず「大丈夫ですか」と言えなかったという内容もある。

「吃音当事者が最も嫌いな五十音」と、言いにくい音をランキング形式で紹介した時、1位は「あ」だった。「Amazonの『あ』、淡路島の『あ』、特にありがとうの『あ』…『ありがとう』が言いにくいの、めっちゃ嫌よな」と時辻さんは訴える。

「ほとんどの動画は、学生時代の体験をもとにして作っています。他の人の動画を参考にしているわけではなく、すべてオリジナルなんです」

発信の場は、動画だけではない。2022年には自身の半生を綴った『吃音と向き合うために ―ありがとうが言えない少年―』(時辻千寛/文芸社)を発売。本書ではヒッチハイクでの仰天エピソードや、人に話せなかった心のうちも赤裸々に明かされている。

「前向きだねとは、結構言われます。これは根っこの部分もあると思いますが、色々な経験をして自信をつけることで、よりポジティブになれた部分もあったのかもしれません」

「吃音当事者が気兼ねなく行ける寿司屋を作ること」を目標に…

現在、時辻さんは寿司職人を目指し、修行の日々。今はまだ寿司は握れず、裏方の仕事をこなす毎日だが、その胸には大きな夢がある。

「吃音である自分が寿司を握り、吃音の人が気軽に行ける寿司屋を作りたいです。それなら、吃音があってもネタの名前を言いやすいかもしれないと思って。それに、吃音を気にせずに働ける鮨屋を作って、職人になりたい吃音当事者と一緒に寿司を握りたいという想いもあります」

このアイデアは、接客業に挑戦したいという吃音当事者の夢を叶えるべく立ち上げられた「注文に時間がかかるカフェ」を知り、ひらめいたそう。

「寿司業界は体育会系なところがあり、大きな声で挨拶をしないといけないなど、正直、結構きつい部分もありますが、今は頑張る時だと思っています」

吃音であることは、職場でカミングアウトしていない。それは自分にとってベストなタイミングで伝えたいからだ。

「この業界に入ったばかりなので、今言っても『それなら違う仕事をやったらいい』と言われそうな気もしますし…。厳しい世界なので、いずれちゃんと言わないといけませんが、それだったら、自分の言いたいタイミングで伝えたいと思っています」

自分が選択した道だから、頑張りたい――。そう語り、夢を追う時辻さんは同じく吃音で悩んでいる人に、こんなエールを送る。

「世の中には、がんなどの命に関わる病気と闘っている人もいる。どちらが苦しいと言うわけではなく、比べるのもよくないけれど、そういう方から見れば、僕たちにはまだ頑張れる可能性があると思うんです」

どんな病気の人もそれぞれに頑張っているからこそ、吃音当事者も吃音というハンデを受け入れつつ、自分の可能性を探ってほしい…。そんな強くて温かい想いが、時辻さんの胸にはあるのだ。

吃音への理解はひと昔前に比べると進んできてはいるが、まだ十分ではない。周囲の無理解から、当事者はより言葉が出にくくなり、人とコミュニケーションをとることが怖いと感じてしまうこともある。

だからこそ、「吃音」という呼称だけでなく、現れる症状や当事者の心が和らぐ接し方も知識として頭に入れておきたい。

「例えば、僕の場合なら言葉が出てこない時には急かず、待っていてくれたら嬉しいです」

ハンデを受け入れ、夢を叶えるために奮闘する時辻さん。前向きで強い、その姿は吃音当事者に勇気を与える。

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