たっぷり藁が敷かれた展示場にエサが置かれ、扉が開くと、しばらくして大きなクマがゆっくりのっそりと出てきました。前脚で身体を支え後ろ脚を引きずっています。痩せて見え、腰の辺りには痛々しい傷もあります。
「高齢で不自由」「褥瘡が」ー。そんなお知らせがあるのは神戸市立王子動物園のエゾヒグマの「ロクジ」(31歳・オス)の展示場。
同園によると2021年ごろから後ろ脚が動きにくい症状が見られるようになり、加齢が原因の「変形性脊椎症」と推定。このため、同い年のメス「サトエ」と長年暮らした“2階建て”のクマ舎から昨年、“平屋”の展示場に単身引っ越したのです。担当飼育員の森田瑠奈さんに詳しく聞きました。
ー移動を決断した理由は?
「後ろ脚が動きにくくなってからも2階に上がることがあり、転落や、プールから出られなくなるなどの危険性を考えて移動を決めました」
ー夫婦は離れ離れに
「2頭はとても仲が良く、一緒にいさせてあげたかったのですが、『ロクジの生活の質の向上』を優先しました。移動後の数日間は、サトエがロクジを探すような行動も見られましたが、ロクジの方はあまり気にしていなかったようです」
―藁がたっぷりです
「最初は園内で集めた落ち葉を敷き、ロクジも匂いを嗅いだり、寄せたり掘ったりして楽しんでくれていたと思いますが、横になる時間が長くなったので、身体の負担を軽減するため藁をたくさん敷くことにしました。汚れたところは毎日交換し、日当たりの良い場所に集めて天日干しすることも。少しでもロクジが楽になるよう作業しています。室内でも床にゴムマットを敷いた上に藁を敷き詰めています」
ーダイエットもしたそうですね
「前脚だけで身体を支えるので、負担を減らすためにカロリーの高いクマ用ペレットを減らし、野菜類を多めにしました。移動時の体重は295kgで、今は痩せすぎないように制限はしていません。好きなものは蒸したサツマイモとトマトですね」
ロクジは「穏やかで優しい性格」と森田さん。サトエと同居時に2頭に枝葉をあげると、よく横取りされていたそう。「でも怒ったところを見たことがありません。今も大人しく治療を受けてくれています」
その「床ずれ」の治療は毎日朝夕に実施。同園獣医師によると、長めの塩ビ管を2つ組み合わせ、注射シリンジの巨大版のようにして傷口に薬を塗ります。体勢を保つため飼育担当者がエサで気を引いている間にでき、とても「協力的」なのだそう。
「天候次第ですが、ロクジは外が好きなので自力で歩ける間は出てもらう予定です。扉は常に開放しているのでロクジの意思で出入りできます」と森田さん。
「王子動物園では、高齢動物の生活の質を考え、個体のペースに合わせた飼育を行っています。後ろ脚が不自由で、傷もありますが、それでもロクジは懸命に生きています。ありのままのロクジの姿に触れることで、『命』の尊さを感じていただけると幸いです」
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