霜が降りたその朝も、京都府亀岡市篠町のベーグル専門店「Cocoro♥Pan(ココロパン)」の店内は、いつもと変わらない熱気と香ばしい香りがあふれていた。
同店代表の下村加代子さん(69)=同市東つつじケ丘=が手際よく伸ばした生地をウインナーにくるくると巻き付けていく。発酵や焼き上げもこなし、あんバターや明太子(めんたいこ)など多彩な食材を使った約30種類のベーグルを完成させた。午前11時にシャッターを上げると、待ちかねた6人が入店。「『おいしい』って聞いて」。まとめ買いしていく男女の姿に目を細めた。
2022年10月に開業し、「心のどこかにあった夢」をかなえた。福岡県で過ごした小学生時代、給食で焼かれるパンの香りにうっとりしたのが、今に至る原点という。
起伏に満ちた半生だった。6歳の頃、父を炭鉱の事故で亡くす。仲間を先に逃がした末だった。「母や弟3人への責任を持つんやと思った」と話す。大阪で看護を学び、医療の世界へ。1秒を争う救急現場を仕切り、緩和ケアに関わった。
45歳の時、夫達美さんが事故で早世。悲しみに沈みつつも仕事に打ち込み、南丹病院(現京都中部総合医療センター)と亀岡病院で看護部長を務め、20年に退職した。
パン教室で腕を磨き、自宅で生徒に教えた。店を持とうとかじを切ったのは、亀岡市のシェアキッチンでパンを売った際に「おいしい」「売り切れるから早く来た」といった声がうれしかったからだ。数カ月で物件を探して調理器具をそろえ、著名なパン研究家に連絡を取って教えを請うた。「行動力、勇気があるのかな」と笑う。
店名は、心を込めて作っていることや、母のみとりで世話になった親友が亀岡市で営む訪問看護ステーションこころにちなんだ。
医療の現場にいたため、おいしさに加え、健康面に気を配る。北海道産小麦と天然酵母を用い、生地に卵やバターは使わない。塩分も控えめだ。「食べ続けていたら血糖値が下がった」という客の反応もあった。もっちりした食感のベーグルは、子どものあごの発達にも役立つという。
オープン後、元同僚らがたくさん足を運んでくれる。父譲りの正義感から、仲間の看護師を守ろうと上にも直言した。店にあふれる笑顔は、人や職務に真摯(しんし)に向き合ってきた証だ。「これまでの年月のありようが、自分に返ってくるんだなと思った」と語る。
今年はインターネット販売に挑む。200個前後の1日売り上げを、経営が安定する300個に伸ばすのも目標だ。原材料の高騰など取り巻く環境は楽ではないが、「どう乗り越えるかしか考えない」と前向きだ。
いくつもの山坂の先に、ベーグル店の経営という道を見つけた。「十分に一生懸命生きた。今は気楽」と話す表情は柔らかい。一緒に切り盛りする長男義彦さん(47)や長女三澤香奈恵さん(40)と時にけんかし、時に笑い合い、かつて心躍らせた香りに包まれる日々は悪くない。「感謝を持ちながら、心が和む店にしたい」。人生の第2章を軽やかに歩む。