関西のお好み焼きはあらかじめ生地と具材を混ぜて焼く大阪風のまぜ焼きが主流と思われがちだが、実は地域によってさまざまな様式がある。
神戸のお好み焼きは生地の上に具材を重ねて焼くのせ焼き(重ね焼きとも)だし、京都でも同じくのせ焼きのお好み焼きが「べた焼き」として古くから愛されている。また大阪府下でも泉州の岸和田に行くと「かしみん焼き」というローカルお好み焼きがある。
かしみん焼きは関西のローカルお好み焼きの中でもひときわ個性的で、ひね鶏の肉と牛脂のミンチが必須具材というのが特徴。かしわ(鶏肉)とミンチで「かしみん焼き」というわけだ。
今回ご紹介するお店はそんなかしみん焼きのお店「弐箱(ふたはこ)」。
僕がかしみん焼きを知ったのは女優の三枝雄子さんの紹介。なにかの流れで一緒に大阪・ミナミで飲んでいたのだが、酒豪の彼女のこと、同じペースで酒だけ飲んでいたのでは早々に撃沈してしまう。そこで僕が「なにか食べないと死ぬー」などとぶつぶつ言いだしたところ「近くにいいお店あるよ」と紹介されたのが弐箱というわけ。
弐箱を経営するのはお笑いコンビ「ランディーズ」のボケを担当し、2000年代初頭のお笑いシーンで一世風靡した中川貴志さん。三枝さんは以前、吉本興業の俳優部に所属していたことがあり、その頃からのご縁でお店を知っていたのだ。
「裏なんば」と呼ばれるエリアの片隅、名も無い路地の果てではじめて食べるかしみん焼きは衝撃的な美味しさだった。ひね鶏ならではの歯ごたえと牛脂ならではの甘く香ばしい香りがパリッとした一枚のお好み焼きの中に互いを引き立てながら共存しており、ジューシーなのだがしつこくなく後を引く。
はじめ王道の「元祖かしみん焼き」、それから「トマトチーズかしみん」のような変わり種までいろいろといただいたが、いずれもお好み焼きとは思えぬ味のみなぎりよう。
それでいてお腹には重くないので、その分お酒がすすんで三枝さんと共にけっこうな泥酔状態に至ってしまったのは愉快な思い出だ。
今回、記事で紹介するにあたり、このお店、弐箱について、かしみん焼きについてあらためて中川さんにお話をうかがった。
中将タカノリ(以下「中将」):かしみん焼きは岸和田のごく狭いエリアで食べられるのものと聞きましたが中川さんは貝塚(岸和田市の南隣)出身ですよね。中川さんとかしみん焼きの出会いはどんなものだったのでしょうか?
中川:母親がそのごく狭いエリア……岸和田の海手の生まれなんですよ。小さい頃、おばあちゃんの家に行ったときはいつもかしみん焼きを食べてましたし、家で「今日はお好み焼きやで」と言われて出てくるのもかしみん焼き。僕は大きくなるまで「かしみん焼き=お好み焼き」やと思ってました。普通の豚玉とか知らなかったんですよ。
中将:かしみん焼きの決め手ってどんな要素でしょうか?
中川:まぜ焼きじゃなくのせ焼きなのと、あとはやっぱり具材にかしわと牛脂を使うところですね。かしわも全部の部位を混ぜた独特な切り方をしてるんですよ。普通の鶏肉屋さんではまずやってません。
中将:それがこの独特の歯ごたえを出してるんですね。それに鶏肉って火を通すとパサパサしがちですが、牛脂がそれをおさえるのかとってもジューシーです。
また、弐箱さんではカレーチーズやツナマヨみたいにいろんな種類のかしみん焼きがありますが、岸和田でもこんな感じなんでしょうか?
中川:いや、その点ではうちは特殊だと思います。岸和田でも玉子乗せたりモダン焼き風にしたりくらいのアレンジはあると思いますが、これほど種類はないと思います。ミナミっていう土地柄、いろんなお客さんが来られるので幅広い好みに対応したいと思っています。かしみん焼きは和風、洋風いろんな味に対応できるんです。ポン酢とか醤油でもいけますし。
中将:本当に受け止める力がすごいですよね。以前トマトチーズ味をいただきましたが、土台のかしみん焼きに自然すぎるほどマッチしていてびっくりしました。
ここからはこのお店自体について聞きたいんですが、中川さんが飲食店を始めようと思ったきっかけはどのようなものだったんでしょうか?
中川:元々、飲食店には興味があったし、30代になったのを機にある人と共同経営で始めたんですよ。心斎橋にお店があった時は母親もお店に入ってました。
中将:なんでかしみん焼きのお店にしようと思ったんですか?
中川:飲食店って居酒屋さん、焼肉屋さん、カレー屋さんとかいろいろあるじゃないですか。僕はそういう中に入っていって勝てる気がしなかったから、誰もやってないかしみん焼きで勝負しようと思ったんです。僕のルーツである岸和田の味をたくさんの人に知ってもらいたいという想いもありましたし。
中将:かしみん焼きのお店を始めると決まった時、周りのリアクションはどうでしたか?
中川:みんなかしみん焼きのことなんか知らないんで「中川が店始めるで」ってだけのことでしたね。当時はいろいろ制約もあり、仲のいい友達以外はそんなにウェルカムな感じではありませんでした。
中将:そうだったんですね……。ただでさえ慣れないお仕事を始められてご苦労はありませんでしたか?
中川:苦労と言うほどじゃないですが、初めの頃なかなかお店にいる時間が取れないでいると母親に「あんたの名前でやってんのになんで店に立たへんの?」って怒られましたね。それで出来るかぎりお店に出るようになりました。
中将:当時はランディーズの活動もありましたしスケジュール的に大変だったと思います。
中川:若かったんで、かえって今より楽でしたよ(笑)。でもそうやって自分がお店に立ってると周りの目が違ってくるんです。初めは僕がお店開いたって言っても、近所の飲食店の人は「タレントの店やろ」と冷ややかな反応なんですよ。それが何年も僕が立ち続けてるうちに少しずつ受け入れてくれて、いい評判を広めてくれるようになりました。今でもお店が出来ているのは僕がタレントだからどうこうじゃなくて、友達や飲食店同士の繋がりのお陰だと思っています。
中将:タレントのお店って名前貸しみたいなお店が多いので、中川さんの方針は本当にご立派だと思います。
これからお店として目指していることはありますか?
中川:かしみん焼き自体をもっとメジャーにしていきたいです。岸和田は僕にとって地元同然の街です。うちで初めて食べて「美味しかったから本場の岸和田にも行ってみよう」となればこれほど嬉しいことはないですね。
「かしみん焼き 弐箱(ふたはこ)」
所在地:大阪市中央区難波千日前6-12
営業時間:18:00~0:45
定休日:定休日
公式サイト:https://kashiminyaki-haco.shopinfo.jp/
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インタビュー中でも触れたが、弐箱はいわゆる「タレントの店」とは異なる。中川さん自身が芸能活動のすき間を見つけてはお店に立っており、かしみん焼きはもちろん、円熟味を増すその人柄も味わえるのだ。物珍しさでむやみに荒らされるのは嫌だが、心あるグルメ好き、酒場好きの方にはぜひ訪れていただきたいおススメの心地よい空間だ。