夫からのモラハラに苦しんだ女性が、被害者を助けるカウンセラーに…「崩壊しかけた夫婦関係は修復できる」

平藤 清刀 平藤 清刀

配偶者からモラハラを受けて心身ともに追い詰められた人のために、夫婦関係の修復を手助けする「モラハラ解決専門カウンセラー」の太田瑠美さん(取材時33歳)。大阪で2015年に活動を始めてから昨年までに延べ1300件を超す相談を受けてきたが、実は自身も夫からのモラハラで苦しんできた。夫婦のコミュニケーションを変えることで問題を乗り越えた経験をいかし、同じ問題で苦しんでいる人の助けになりたいという。

結婚後すぐ始まった夫からのモラハラ

「モラハラ」とはモラルハラスメントすなわち「モラル=世間的に良識とされる道徳や倫理」による「ハラスメント=嫌がらせ」のこと。夫婦間や恋人間で起こるため、実態が表面化しづらいといわれている。

「簡単にいうと生活費を渡さない、働かせない、人格否定などです。具体的には、旦那さんが仕事から帰ってきたときに、洗い残した食器があったり、子供のオモチャが出しっぱなしになっていたりしたときに『1日なにやってたんだ!』と責め立てて、自分の価値観やルールを押し付けて精神的にも経済的にも追い詰めるわけです」

瑠美さん自身も、モラハラで苦しんできた。「10代の頃、ネット上で野球好きのコミュニティで今の夫と知り合って、26歳で結婚しました。モラハラが始まったのは、結婚してすぐ後ぐらいからです」

瑠美さんの夫は、もともと心理カウンセラーをやっていて、企業のパワハラ問題の相談を扱ったこともあるという。そういう人がなぜ奥さんにモラハラをやるようになったのだろうか。

「結婚してから、夫は収入を増やすためにカウンセラーをやめて、営業職として企業に勤めました。そのストレスからじゃないでしょうか」

共働きで、先に瑠美さんが帰宅し、夕飯の支度をして夫の帰りを待つ。夫は終電間際に帰宅するが、夕飯にはすぐに手を付けないでメールを打っている。そのあいだ瑠美さんは、じっと待っている。「先にいただいていい?」と訊くと、夫は「勝手にせえや!」と怒鳴る。

生活費は夫婦で折半することになっていたが、瑠美さんの収入では厳しいときもあった。そんなとき「今月はお金を貸してほしい」と頼むと「なんで無いの?何に使ったんだ?」と責められたという。

モラハラは次第にエスカレートし、瑠美さんは心身ともに負い詰められていった。

「夜、外から夫の靴音が聞こえただけで心臓がバクバクしてきて、ドアを開ける音に体がビクッと反応していました」

そんな生活が半年ほど続いたある日、夫婦でお笑いのライブを見に行った。

「好きな芸人さんだし、ネタは面白いのに笑えないんですよ。あれ? 私おかしいって、そのとき気が付きました」

夫も元カウンセラーなので、瑠美さんの異変に気付いたという。そして瑠美さんは、心の内を夫に打ち明けた。

「私、なんにも楽しくない。もう限界だから、実家へ帰ることも考えています。でも、このままではイヤなので、もう一度チャレンジして関係を修復したい。無理なら別れましょう」

そこから関係修復に向けたプロセスが始まった。まずは自分が夫の最大の味方になること。夫がなぜ、何に怒っているのか。それを話しもらえる関係を構築するため、夫のどんな話も否定せず共感して聞くことに努めた。

そうして心理的なアプローチを試行錯誤しながら、自分が思っていることを話せるようになったとき、お互いの「これはイヤ」「これは良い」を細かく話し合って、夫婦のルールを新しくつくりなおした。

「これで大丈夫、修復できたと実感したのは、思ったことをいったん飲み込むことなく、ストレートに伝えてふつうに会話ができるようになった瞬間が何度か重なったときですね」

試行錯誤しながら、1年で夫婦関係を修復

瑠美さんは20代の頃、あるコールセンターで働いていた。瑠美さんはリーダーで、部下は全員40歳過ぎのマダムばかり。20歳以上も若い瑠美さんのいうことなど、誰も聞いてくれなかった。瑠美さんは、心理学やコーチングの本を読み漁って勉強した。そこから得た知識を実践して試した結果、職場の立て直しに成功。

「心理学ってすごいと思いました」

そのときの成功体験で自信があったため、夫婦関係の修復に際しても心理学を勉強し直して、1年かかったけれど修復に成功したのだった。

夫が元カウンセラーだったことも、不幸中の幸いだったという。「僕がおかしいのでは?」と気づいてくれたからだ。

瑠美さんはその後「Re:gene(リジェネ)」を立ち上げて、モラハラで崩壊しかかっている夫婦の、主として被害者側の相談に乗って関係修復を手助けする活動を始めた。

瑠美さんの夫も、区役所に勤務して生活困窮者の相談業務に従事する傍ら、Re:geneでカウンセリングにも携わっている。

   ◇   ◇

Re:geneを立ち上げた当初、瑠美さんが今も教訓にしている相談者との出会いがあった。

相談者は40代後半の女性で、夫とは同居しているが会話が3年間ないという。夫への「(娘の)受験料を振り込んでおいてください」という短い用件でさえLINEで伝えていた。それでも、もとのように仲良くなりたいという相談だった。

瑠美さんが提案したプログラムは上手くいって、その夫婦は会話を取り戻した。だが、カウンセリングを重ねるほどに、瑠美さんは相談者との間に「熱量の差」を感じた。

「まだまだ仲良くなれるし、もっと分かり合えるのに、相談者は『これで充分です。ラブラブにならなくていい』というのです」

そのとき瑠美さんの中で、ひとつの気づきがあった。

「自分のエゴとか、自分の理想の家族像とか夫婦像をもっていることに気付いたんです。自分の価値観を、無意識に相談者へ押し付けていました」

それ以来、瑠美さんのもとを訪れた人には「どうなりたいですか」「どれくらいまで仲良くなりたいですか」「こういった場合には離婚を考えていますか」ということを、初めに丁寧に訊くようにしているという。

相談者の事情にあわせてアプローチ

瑠美さんが自分の経験をいかして、モラハラで苦しむ被害者の相談に乗り、夫婦関係の修復を手助けして実績を重ねてきた手法は、具体的にどのようなものだろうか。

「まずは被害者のメンタルを整えることから始めます。その次に、加害者にアプローチするための知識を授けます」

被害者を通して加害者へアプローチすることになるため、被害者が本気で関係の修復を望んでいないと、加害者の意識や加害行動を変えることができない。しかもモラハラの中身や被害者の傷つき具合、どれくらいまで修復したいのかといった事情が相談者の数だけあるといっても過言ではない。

「そのため、手法をパターン化できないのです。自己愛性人格障害の人に用いる方法や認知行動療法など、それぞれのケースに合うと思われるあらゆる技法を組み合わせます」

瑠美さん夫婦は1年かかったが、それは手探りで試行錯誤を繰り返したからだ。勉強と経験を重ねてきた今、どれくらいで関係修復に至れるのか。

「軽いモラハラだったら1カ月くらいで修復できます。でも本人の心の傷を癒すだけで1カ月かかることがあるので、基本的には3カ月のスパンでプログラムを組んでいます。また、相談者の目標によっても期間が違ってきます。たとえば暴言をとめたいだけなら、3カ月で充分です。思ったことをいいたいとか意見の交換をしたいとか、気を遣うことなく会話をしたいのであれば半年ぐらいはかかります」

いまは「相談に訪れた人」を対象にしているが、モラハラには「行動の制限」といって、たとえば「角のパン屋から向こうへ行ってはいけない」というような縛りをかけるものもある。しかも生活費すら渡されていない被害者には、外部へ助けを求めることが難しい。そんな状況におかれている人を救うためのNPO法人を立ち上げるべく、瑠美さんほか協力者が現在準備を進めているところだ。

「将来的には、私のカウンセリングを受けて夫婦関係の修復に成功した人にもお手伝いしてもらって、全国へ広げたいと思っています」

   ◇   ◇

■「Re:gene」ホームページ
https://regene-ota.com/

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