あまりに非現実的で「ルール形成の基本を押さえていない」 日本中から批判受け撤回…埼玉「子ども放置禁止条例案」に豊田真由子指摘

「明けない夜はない」~前向きに正しくおそれましょう

豊田 真由子 豊田 真由子

社会システムや意識の違い

では、「基本的に、子どもだけで過ごさせてはいけない」というルールのある国では、一体どうしているのでしょうか?

例えば学校の送迎は、スクールバスや自家用車の利用等が一般的だと思いますが、学校から帰っても、大人がそばについていないといけませんので、例えば、学童(始業前と放課後に預けられるbefore & after school club等)を利用する、祖父母などの親戚が担う、シッター等のサービスを利用する、仕事を時短勤務にする・日によって早めに切り上げる、等のいろいろな方法で、工夫しながらやっている、ということになります。

まずそもそも、「仕事や家庭に関する考え方」とそれに基づく働き方の違い、周囲や社会に理解が浸透しているということが、大きいと思います。

人生において、家族や自分の時間を大切にすることに価値が置かれ、残業や職場の飲み会などは基本的になく、夕食は家に帰って家族で取る、というのが基本的なスタイルで、仕事の仕方も「無駄なことをしている時間はない」となり、効率性が強く追求されることになります。「家庭や個人の生活を大事にすることを前提とした職場環境」になっており、この違いは、実は様々なところに影響しています。

それに、男女ともに家事育児を当然のこととして担い、専業主婦・主夫の家庭であっても、ワンオペ育児が当然の前提になっていたりはしません。また、日本もそうですが、ひとり親家庭で奮闘される方も多いです。

そして、そうしたルールが、社会の中で広く認識されているので、子育て中かそうでないかに関わらず、理解があり、「子どもの送迎や、具合がわるくなったから迎えに行く」といったことに対して、批判やプレッシャーを受けない、周りに遠慮しなくて済む、ということになります。当事者だけではなく、周囲の人や社会全体が、そう認識していることが重要なのだと思います。

(なお、こうした国においても「保護者が過剰に管理することで、子どもの心身の発達を阻害するおそれがあり、子どもたちだけで通学や留守番させることで自立心を育むべきだ。」といった考えに基づく、フリーレンジ・キッズ運動といった動きもあることを、付言しておきます)

そしてまた、子育てのしやすさ、という観点で言うと、欧州で子育てをして、子ども連れや高齢者や障がい者に対して、皆で配慮をするということが、極めて自然に行われている印象を受けました。駅の階段(地下鉄は古くてエレベーターが無いことも多い)やバスの乗降等で、必ず、周囲の方が何人も寄って来て、助けてくれます。また、駅空港や美術館などでは、子ども連れ・高齢者・障がい者用の「優先レーン」があり、電車の中では優先席でなくても、席を譲られます。

社会の中で、「なんらかのハンディがある人には、サポートをする」という意識が浸透しており、それが小さい頃から身に付き、個人の行動にも反映されていっているのだと思います。もちろん、子ども連れの側にも周囲への気遣いや感謝が必要だと思いますが、日本に帰ってきて、「ベビーカーで外出するのは肩身が狭いので控える」という話を聞いて、違いを痛感しました。

ニーズに沿ったサービスの普及

<学童施設>

放課後に子どもが過ごす場所のひとつとして、学童施設が重要ですが、待機学童、過密や人材不足などが深刻です。こども家庭庁によると、学童保育の利用児童数は、2023年5月時点で計144万5459人(前年比3.8%増)で、希望しながらも利用できない待機学童は1万6825人(10.8%増)いるとのことで、需要の高まりに整備が追いついていない状況です。

小学校の教室を活用することが、安心や効率性の点からもニーズが高いわけですが、学童保育は厚生労働省、学校は文部科学省の所管で、必ずしもスムーズではない、といった話もあります。習い事を受けられる、地域の方がスポーツや料理などを教える、企業とコラボしたプログラムを実施するなどの工夫をしているところもあります。

子どもたちが長い時間を過ごす場所が、できるだけ良い環境であるように、そしてそもそも、子どもが学童に入れず、保護者が仕事を辞めざるを得ないといったことがないように、行政は整備と充実に力を入れるべきだと思います。

<チャイルドシッター>

欧米では、チャイルドシッターサービスが普及しています。日本では「シッターは、富裕層が利用するもの」といったイメージがありますが、「子どもだけで過ごさせてはいけない」という厳格なルールがある国では、所得階層に関わりなく、どの家庭でもシッターを利用するニーズが高くなります(ひとり親家庭のニーズは、一層切実です)ので、シッターという仕事が、プロの職業としても、学生(大学生や高校生)のアルバイトとしても、広く普及しています。知人の家族や紹介、評価付きのマッチングサイトやネット掲示板といったルートがよく使われているようです。

リンナイ(株)の調査(※)によると、「働く女性のうち、定期的にシッターを利用している人の割合」は、米国52.0%、韓国20.0%、ドイツ16.0%、スウェーデン15.0%、日本7.0%。そして「保育サービスを利用している人の割合」は、スウェーデン77.0%、独45.0%、韓国42.0%、米国35.0%、日本25.0%だったそうです。

(※)2019年1月に、日米韓独ノルウェーで、25~39歳の仕事をしながら育児をする女性500人(各国100人ずつ)を対象に、インターネットで行った調査。(調査数が少ない、対象の抽出方法が不明、といった精度の問題はあるかと思います)

私は、役人時代、スイスとフランスで、二人の子どもを出産しました。特にスイスでは、自分と子ども二人だけで、外交官としてWHOでパンデミック対応等をしていたので、シッターさんがいなければ、成り立ちませんでした。保育園に子どもを迎えに行って、買い物をして、家に帰って、子どもと遊びつつ、食事の用意や、掃除、洗濯、お風呂、帰宅が遅くなる時には、寝かしつけもしてくれました。まさに、子どもといる間は、愛情深く「その家の母親の代わり」になってくれる、大変心強い存在でした。

一方、帰国後の日本では、シッターサービスはあまり普及しておらず、競争原理も働かないからなのか、どの会社も「家事は一切やりません。子どもの食事は、用意されたものは食べさせます(が作ることはしません)」「子どもが眠っているときは、安全確保のために、何時間でもただずっとそばで座っている(SIDS防止のため、常に呼吸の確認をしている由)」でした。それでいて、(会社を通すのでそうなるとは思いますが)、価格も非常に高く、とてもじゃないけど、無理だなあ…、という感じでした。

「家事をするかしないか」という話というよりも、それぞれの家庭のニーズにちゃんと沿う形で、広く柔軟に、そしてリーズナブルに利用できるサービスがもっと普及すれば、子育ての大きな負担軽減になるのだけどな、と思います。

金銭的な負担については、近年行われている政府の公的補助のようなものも有効だと思います。ただし、今の日本では、若い世代が、経済的理由等から結婚や出産に踏み切れない、国や社会の将来に希望が持てないといった問題、長い経済停滞や進まぬ賃上げ、物価高騰による国民生活の負担増などの中で、対応せねばならない問題が山積しており、限られた財源をどこにどう使っていくかという点からの、きちんとした議論と納得感、そのための一定の線引き等が必要だと思います。

シッター市場の成熟は、国内の雇用創出という点でも、可能性があるのではないかと思います。なお、欧米でのシッターの担い手は、移民や出稼ぎ等の方も多く、数や心構え等の点でも、日本とは違っている面もあると思います。また、密室でのシッターによる子どもの虐待等も深刻な課題となっており、どうやって子どもの安全を確保するかということも、普及を考える上では、非常に重要な論点だと思います。

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今回の条例改正を巡る問題が、子育てのしやすい環境づくり、働き方や社会の意識の変革、必要な施設やサービスの整備などについて、広く建設的な議論が深まり、実際に変わっていくきっかけになるとよいと思います。

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