不特定多数のお客さんに一夜の宿を提供するホテルや旅館には、おばけも出ればタヌキもやってくる。元フロント勤務のK氏に聞く。
フロントに現れる「おばけ」
「ホテルのフロントには、ときどき『おばけ』が来るんです」
おばけが「出る」なら分かるけど「来る」とは、どういうことなのだろう。
「もちろん本物のおばけじゃないですよ。予約が入ってないのに『予約したから泊めろ』と主張してくる人のことを、この業界で『おばけ』と呼ぶんです」
たいていの場合は客側の勘違いで、ネット予約が確定していなかったり、近くに同じ系列のホテルがある場合だと、そっちと間違えていたりするそうだ。
ホテルや旅館によって規定は異なるけれど、部屋が空いていれば基本的に予約なしでも泊まれるのでは?
「そういうお客さんを『ウォークイン』とか『ゴーショウ(Go show)』といいます。チェックインに時間がかかる場合がありますけど、部屋が空いていたら泊まれないわけじゃありません。でも割引や一部のサービスなど、ネット予約の特典は使えませんし、信用を得るために、宿泊料金の全額前払いを求めることもあります」
後払いの場合だと、料金を踏み倒して出ていく客もいるわけか。
「いますよ。『スキッパー』といって、後払いシステムになっているホテルとか旅館は要注意ですね」
チェックインやチェックアウトに関する用語だと、ほかに「ノーショー」とか「レイトチェックイン」という言葉がある。
「ノーショー」は、いわゆる「無断キャンセル」のこと。たしかに予約が入っているのに、客から「チェックインが遅れる」とも「キャンセル」とも連絡がないまま現れないのだ。
「レイトチェックイン」といって、チェックイン時刻を過ぎていても、ホテルや旅館に一報を入れておけば対応してくれる場合が多い。
ちなみに「レイトチェックイン」の逆で、ホテルや旅館が決めたチェックイン時刻より早くチェックインすることを「アーリーチェックイン」という。
「客室の準備を急がせることになるから別料金が発生したり、時季によっては対応できなかったりします。人が入るのはNGでも、荷物だけなら先に入れてもらえる場合がありますよ」
またチェックアウト時刻を過ぎてチェックアウトすることは「レイトチェックアウト」という。
キャンセルの見積もりが外れて「オーバーブッキング」
宿泊の予約を受け入れることを「ブッキング」という。これが意外に、経験と勘がものをいうらしい。
「一定数のキャンセルが出ることを見越して、実際の部屋数よりわざと多めに予約を受け付けます。その予想が外れてキャンセルが少なかったら、部屋が足りない「オーバーブッキング」になります。そういう場合は同等クラスの部屋に移っていただきます。日本ではめったに起こりませんが、海外のホテルでは珍しくありません」
似て非なるアクシデントに「ダブルブッキング」がある。これは何らかの手違いで、予約が重複してしまうことをいう。
さて、無事にチェックインできたら、食事とお風呂を済ませて、あとは寝るだけ。出かける時間が決まっていたら、自ずと起きる時間も決まってくる。
「ご存じのように、あらかじめ希望した時間に起こしてくれる『ウェイクアップコール』というサービスがあります。あるいは備え付けの時計にアラーム機能がついていたり、電話自体にそういう機能があったりしますね」
不特定多数の人が利用するから、ときにはクレームがつくこともある。
「お客さんからのクレームを『コンプレ』といいます。英語の『コンプレイン(complain)』からきています」
まっとうなクレームは適切に対応すれば円満に解決できるけれど、ホテルや旅館側に落ち度がなく、たんに不平不満を漏らすだけの扱いが難しい客を「キッカー」というそうだ。
「ほかに細かい用語を挙げると『お泊り』というのがあります。厨房の板前さんが使う言葉で、前日に仕入れた魚のこと。売れ残って、ホテルで一夜を過ごしたからですね」
他にも、こんなのがある。
・どんでん……宴会が済んだら、すぐ次の宴会の準備をすること。
・ナイトクリーナー……夜間の清掃スタッフ。作業中、稀に、外部から入ってきてトイレで寝ている酔っぱらいに遭遇することがある。
・フリッカー……清掃を終えた部屋。
・ベーカン……清掃が終わっている空き部屋。ウォークインの客を入れることがある。
・タヌキ……「夕食抜き」の利用客。「夕食」の「夕」をカタカナの「タ」に読み替えた隠語。