夜の国道…車に轢かれた野良猫がみせた生きる力「平凡なOLでも、ひとつの命を救えた」支援で紡がれた奇跡の物語

古川 諭香 古川 諭香

朝起きると「おはよう」の挨拶をしてくれ、うたた寝時にはお腹をふみふみしてくれるノラくんは飼い主さん(@hogoneko_noraと@jimko_camp)の中にあった、猫のイメージを変えてくれた子。甘えん坊な仕草に日々、癒しを貰っている。

ノラくんは、元野良猫。大きな事故に遭い、瀕死状態だったところを飼い主さんに救われ、奇跡のV字復活を果たした。

国道で車に轢かれた野良猫を保護

2023年10月31日の21時過ぎ、飼い主さんは交通量の多い国道で、車に轢かれたノラくんを発見。

パニック状態で、下半身を引きずりながら車道で右往左往するノラくん。再び轢かれてしまうのでは…と心配になり、飼い主さんは車を止め、救助に向かった。

すると、ノラくんは自力で側道の茂みへ。飼い主さんが手を伸ばすと、渾身のガブッ。隙をつき、なんとか保護することができた。

「私の人差し指は、牙が貫通して爪が陥没。陥没した爪が爪の内側に刺さっていました。指の腹も裂け、滴るほどの流血。車に轢かれたにも関わらず、渾身の力を振り絞って抵抗する姿を見て、この子は生きられる、生命力が強いと感じました」

飼い主さんは自身の上着に包んだノラくんを、現場に居合わせた女性がくれたトートバッグに入れ、夜間診療している救急動物病院へ。病院に向かう道のりでは、ノラくんに「頑張れ」と声をかけ続けた。

高額な手術や度重なる再縫合と向き合った日々

病院では検査の結果、骨盤骨折が判明。手術が必要であるものの、術後は必ず歩けるようになるとは言えず、神経の損傷が見られる場合は一生、排泄補助をしなければならないと、医師から告げられた。

「もし頭を打っていたら、後から症状が出てきて助からないかもしれないとも言われました。費用は、手術だけで60万円。入院費や薬代などを合わせると100万円を越えるため、『それでも手術を受けますか?』と問われました」

受けない選択肢などない。そう思い、最短で予約した手術日は5日後。

鳴く気力もなく、痛みにじっと耐えるノラくんの姿を見て歯がゆくなった。

そこで翌日、愛犬のかかりつけ医に相談。事情を聞いた獣医師は「猫ちゃんを助けてくれてありがとう」と言ってくれ、午後の一般診療を休診にし、緊急手術をしてくれた。

「ずれた骨盤をボルトで固定し、足や尻尾の周りにあった裂傷を縫合してもらいました」

3時間にも及ぶ手術を乗り越えた、ノラくん。面会できたのは、2日後だった。

ノラくんの姿を見て飼い主さんは一安心したが、その先には難題が。交通事故による怪我は単純な切り傷とは違い、傷口の損傷や汚染が激しいため、日が経つにつれて傷口が化膿。組織が流れ出てくるようになった。

さらに、保護直後には見えていなかったダメージが表面化。皮膚だけでなく、筋肉の組織も
壊死して溶け落ち、骨盤が表に飛び出した。

全身性の感染症を起こし、命に危険が及ぶ可能性があったため、ノラくんは壊死組織を取り除く「デブリードマン手術」を受けることに。

「デブリードマン手術と再縫合を繰り返しながら、少しずつ傷を小さくしていきました。抜糸が完全に終わったのは、事故から4カ月後のことでした」

実家にも協力を要請して「人馴れ訓練」

大きな手術や毎日の消毒といったストレスに直面しても、決して食欲を失わなかったノラくん。その生命力に触れた飼い主さんは、野良生活の中で培った「生きる力」を持ち続け、家猫としても強く長く生きてほしいという願いを込めて「ノラ」という名前をプレゼント。家族の一員として、正式に迎え入れた。

「この子が命を繋ぐことができたのは、食欲と適応力があったから。寒さや暑さ、日々移り変わる周囲の環境、食料調達など、これまで過酷な環境で生き延びてきた野良猫だったからこそ、乗り越えることができたんだと感じました」

最終的な障害の有無は手術から一定期間が経たなければ判断できないと、医師からは言われていたが、嬉しいことに後遺症は見られず。排泄も自力で行い、自由に動き回れるようになった。

「私が食事していると右腕によじ登り、ダンベル猫になっています。半年もしたら、私は右腕だけムキムキになっているかも(笑)」

実は飼い主さん、ワンルームで先住犬と暮らしていたため、ノラくんを迎え入れる時には不安があった。そこで、しばらく実家に帰り、ノラくんが落ち着いて過ごせるよう、和室を専用部屋にした。

お迎え当初、ノラくんは家族が部屋に入るたび、トイレにかくれんぼ。その姿を見た家族は「ちゅーる」を使い、人馴れ訓練を開始。歩行訓練や段ボールでの昇降訓練にも「ちゅーる」を役立てた。

「夜間のほうが活発になるので、カリカリタイプのちゅーるを部屋に潜ませ、ひとりでいる時も探索できるようにし、環境に慣れてもらいました」

すると、2カ月後には飼い主さんの足音を聞きつけ、和室のドア前に待機して呼ぶほど人馴れ。猫が苦手な愛犬もノラくんのことは受け入れてくれたため、飼い主さんは自宅での暮らしを再開した。

「わんこの心もケアしつつ、ふたりの関係を気長に見守っていきたい。いつか、寄り添って眠る姿が見られたら嬉しいです」

愛猫の闘病中に受けた温かい支援に涙

「この子に出会ってからは、人の温かさに胸を熱くする毎日でした。みなさんに救っていただいた大切な命、この手で絶対に幸せにします」

飼い主さんがそんな言葉を口にするのは自分たちを支え、見守ってくれた人々に並々ならぬ感謝を抱いているからだ。

息絶えようとしている命を目にした時は助けたい気持ちと、金銭的な不安の両方が顔を覗かせる。飼い主さんもそのひとりであったが、周囲の優しさや理解に救われたという。

治療費を稼ごうと、副業禁止である会社に事情を説明し、許可を貰おうとした時には社長が支援してくれた。

「土日に肉体労働などをしてお金を工面するつもりでしたし、足りなければ愛車を売る覚悟でした。社長はノラくんが入院している1カ月間、毎日会いに行けるよう、勤務時間も調整してくれた。一社員がプライベートで拾った1匹の野良猫のために、会社がこんなにも動いてくれるなんて思ってもみませんでした」

また、キャンプ仲間は飼い主さんが食費を削っていることを知ると、PayPayでカンパを送ってくれた。

「SNSでは会ったこともない人が支援品を送ってくれ、ありがたかった。私みたいな、どこにでもいる平凡なOLでも、ひとつの命を救えた。私の経験談が一歩踏み出す勇気になったら嬉しいです」

人間が傷つけた命を救えるのは、人間だけ。そう話す飼い主さんはいずれ、自分が受けた恩を「支援」という形で、犬猫を保護して懸命に闘っている人に返したいと考えている。

1匹の野良猫を救った、温かい支援の輪。それは、過酷な状況で生き延びている外猫との向き合い方を考えるきっかけも授けてくれる。

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