「月見草」の夢幻の境地へ!花色も大きさも風情もさまざまです

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初夏を過ぎ、夏が近くなってくると、夕刻前くらいから黄色い鮮やかなカップ型の花が群れ咲くのをあちこちで目にするようになります。
宵待草、月見草などロマンチックな名でも知られるマツヨイグサの仲間たちです。竹久夢二や太宰治の文学でも有名で、日常の景色にも溶け込んでいるために在来種と思われがちですが、アメリカ大陸から持ち込まれた外来植物なのです。

日本の夏の宵の風情を盛り立てるマツヨイグサですが、近世に移入された外来種です


「月見草」は別にある?幻の本物のツキミソウとは?

詩人で挿絵画家の竹久夢二(1884~1934年)の代表詩のひとつ「宵待草」。多忠亮により曲がつけられ、大ヒットして大正ロマン定番の唱歌となります。


待てど暮らせど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬさうな


明治43(1910)年、夢二は一時離婚した妻子とよりを戻すために家族旅行に出かけるのですが、旅先の千葉県の銚子で旅館の隣家の住人の若い女性に魅かれて恋仲となってしまいます。しかし逗留中にこの恋は実らず(そもそも妻子連れの旅行中に何してるんだという話ではありますが)、翌年諦めきれずに再び銚子を訪れると、女性はすでに嫁いだ後で、夢二はいくら待ってももう来ない相手をマツヨイグサに仮託して、詩を作り上げました。

太宰治は『富嶽百景』(1939年)で、富士山にほど近い山梨で、すくっと立つ「月見草」を見て、強い印象を受け、その種子を撒いて翌年を楽しみにする、というエピソードを書いていて、作品中の「富士には、月見草がよく似合ふ」という一文がとくに有名です。「ちらとひとめ見たその黄金色の月見草」という叙述でもわかるように、太宰が「月見草」と言っているのは、私たちも路傍や野原で普通に見かけるマツヨイグサの仲間、わけても遠目にもはっきりわかる大輪の花をつけるオオマツヨイグサであろうと思われます。

けれども実は、これらの文学に現れる月見草は正確には「月見草」ではなく、月見草という花は別にあるのです。

正式和名でのツキミソウ(Oenothera tetraptera) は、原産地はメキシコ、マツヨイグサ属に属する草丈60cmほどになる二年草で、弘化四(1847)年、日本に渡来。当初は待宵草、宵待草、また現在では別の種の名になっている「夕化粧」という名でも呼ばれていたようです。

その名の通り、夏の夕刻、日暮れとともに四弁の純白の儚げな花を開き、翌朝にはピンク色に染まりながらしぼんでしまいます。他のマツヨイグサ属が元気よく旺盛に野生化したのに対し、このツキミソウは寒さに弱く、日本の風土では根付きませんでした。ですから栽培していない限り現在では道端などで見ることができないのです。

草むらに咲くユウゲショウ。意外かもしれませんがこれもツキミソウの仲間です


昼に咲くのに月見草?美しくもたくましいマツヨイグサ色々

英語圏ではevening primrose=宵のサクラソウという名で呼ばれているマツヨイグサ属。
ツキミソウの渡来とほぼ同時期に、南アメリカのチリ原産の黄花のマツヨイグサ(Oenothera stricta )が、後れて明治時代初頭ごろ、北アメリカ原産のオオマツヨイグサ(Oenothera erythrosepala) 、コマツヨイグサ(Oenothera laciniata)、メマツヨイグサ(Oenothera biennis)も次々に渡来。

オオマツヨイグサは、草丈1m以上に成長する大型種で、6月下旬ごろから真夏にかけて、直径8cmにもなるまん丸の満月のような花を咲かせます。明治から昭和にかけて文学で「月見草」として描写されるのは、ほとんどがオオマツヨイグサのこと。満月とよく似た花だから、これを月見草というのだろうと、誰もが思ったのでしょう。

マツヨイグサは、それよりはふたまわりほど小さく、5~6月ごろ、夕刻から濃黄色の花を開き始め、花は翌朝には朱色に染まってしおれてしまいます。昭和30年代ごろまでは全国の野原や路傍に普通に群生しているさまが見られましたが、今ではそのほとんどがメマツヨイグサに置き換わり、さらに最近ではそのメマツヨイグサも以前よりは数を減らし、コマツヨイグサが勢いを増加させています。

コマツヨイグサは、河原や海岸などの砂地を好み、乾いた空き地や、砂利を敷き詰めた駐車場や残土処理場などでよく見ることができます。草丈は10~20cmほどと低く地表近くを匍匐します。花色は他のマツヨイグサよりも淡い色のレモンイエローで、発色がよく目立ちます。夕方前から咲き始めるため、人目につくことも多い野草です。

明治末期には北アメリカから南アメリカにかけて広く分布する、鮮やかな紅色の小花を鈴なりにつけるOenothera roseaが観賞用に輸入されます。この花は本来ツキミソウの異称でもあった「夕化粧」の名をあてられて、現在ユウゲショウといえばこの花になります。やや湿った明るい空き地などに群生してあちこちに咲いていますので、見たことがあるのではないでしょうか。

そして、マツヨイグサ属では少数派に属する昼咲き系のマツヨイグサ属も渡来して、盛んに栽培されるようにもなります。それがヒルザキツキミソウ(Oenothera speciosa)で、中でも亜種モモイロヒルザキツキミソウは、明るい日中に、周辺が桃色で中心部にかけて純白になってゆくお椀型の花を、高さ30~40cmほどのよく分枝する茎いっぱいに鈴なりにつけ、風にそよぐ様子はフォトジェニックです。本家のツキミソウの代わりのように、ヒルザキツキミソウが全国で逸出して野生化しています。

つまり、マツヨイグサ属の和名は、マツヨイグサという名が黄花種に、ユウゲショウという名が赤花種に、ツキミソウという名が白~桃花種にそれぞれわりふられて正式和名となったことになります。

「ツキミソウ」の名は文学を通じていつしかマツヨイグサの異名に


パラボラアンテナのようなマツヨイグサの花は実は耳だった!

さて、このように暗い夜に花咲くマツヨイグサ属の花はどの種も概ね四弁のカップ型の花をつけますが、パラボラアンテナに見えなくもないその花が、花粉を媒介する特定の虫の羽音が近づくとそれを感知して糖度を著しく上げて虫を誘引する生態がある、という研究を、イスラエルのテルアビブ大学のリラク・ハダニー氏が発表しました。つまりマツヨイグサの花は、聴覚を持っているというのです。

さまざまな周波数の音をマツヨイグサに聞かせると、ハチの羽音の周波数を聞かせた時のみに、蜜の糖度を3分ほどの間に12~13%ほどから20%にまで急上昇させ、他の周波数ではまったく変化がなかった、というのです。糖度を上げて虫を誘引する「耳」の機能を花が持っているかもしれない、と話題になりました。
昆虫はより低い糖度の蜜であっても感知する能力があるため、糖度を上げることがどれだけの効果があるのかは不明であるとしたものの、競合者の多い環境の中で「私を選んで」と虫を誘おうと努力しているとしたら、何ともいじらしく感じてしまいますね。

日本在来ではないものの、夏祭りの行き帰りの風景にも、文学や美術にも今やすっかり溶け込んでいる夏の夜を彩るマツヨイグサたち。一緒くたにされがちですが、それぞれの花色や姿の違いにもぜひ注目してみるとまた一層親しみがわくことと思います。

パラボラアンテナのように蜜を媒介する虫の羽音を聞いているオオマツヨイグサの花

(参考・参照)
植物の世界 朝日新聞社
虫の羽音を聞く植物を発見、「耳」は花、研究 | ナショナル ジオグラフィック日本版サイト
宵待草

日中にまぶしく輝くヒルザキツキミソウ。これもツキミソウ

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