熊谷事件で遺族の訴え棄却に、弁護士が疑問「被害の予見なければ警察の不作為は違法にならないのか?」

小川 泰平 小川 泰平

2015年に発生した埼玉県熊谷市の6人殺害事件で、妻と2人の娘が犠牲になったのは埼玉県警が情報提供を怠ったためだったとして、遺族の加藤裕希さん(49)が県に約6400万円の支払いを求めた国家賠償請求訴訟の判決が4月15日、さいたま地裁であり、「県警の対応は不合理だとは言えない」として請求を棄却した。元神奈川県警刑事で犯罪ジャーナリストの小川泰平氏は20日、当サイトの取材に対し、加藤さんと原告側代理人の高橋正人弁護士へのインタビューを通して、判決の矛盾点を訴えた。

15年9月13日、熊谷署で任意で事情聴取されていたペルー国籍のナカダ・ルデナ・バイロン・ジョナタン受刑者(36)が喫煙場所から逃走し、同14日に50歳代の夫婦を殺害。15-16日には当時84歳の女性、16日には加藤さんの妻子3人が相次いで殺害された。県警は15日未明、14日に起きた事件の参考人としてナカダ受刑者を全国手配したが、加藤さんは「事件や事情を知るとみられる外国人の逃走を防災無線などで知らせていれば、被害を防げる可能性が高かった」と主張していた。

判決で「県警は15日の昼時点でも14日の事件の犯人像を想定できておらず、同様の事件が続くことも予見できなかった」とした。警察法第2条1項で「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ…」とあるが、「加藤さんの家族」は事件発生前に被害者として特定されていなかったことから、警察に落ち度はないとする判決だったが、高橋弁護士は会見で「無差別殺人なのだから、『特定の個人』を殺すであろうという予見の可能性は必要ではない。無差別に(殺人が)周辺で起きることの予見でいいはず」と指摘した。

加藤さんは小川氏の取材に対し、「(判決には)『悔しい』というよりも本当、怒りしかありませんでした。先生方と一緒に控訴をして、また次のステップに…。なぜ(妻子)3人が犠牲にならなければならなかったのかと、今一度、闘っていくことを改めて考え、『次の控訴に向けて頑張るよ』と伝えて、また力を3人から借りたいという気持ちです。後悔のないよう、『パパ、しっかり頑張ったよ』と言えるような自分でありたい」と心情を吐露した。

高橋弁護士は小川氏の取材に対して「裁判官も警察官も権力に守られている。国民が日々の生活の中で犯罪に対してどのように恐怖心を覚えているのか、それに対する理解が全くされていない。それをまず根本的に感じました」と語り、判決について「加藤さんの自宅にジョナタンが押し入ることの予見可能性がなければ、警察の不作為は違法にはならないということで、予見している場合でない限り違法にはならないという言い方をしたわけです。今回、私たちが言っているのはそうではなく、(14日の被害者宅で)ああいう凶悪事件が起きたのだから、その周辺で同じような事件が起きることを予見しなきゃならないということを言っているわけです。全然、話がかみ合っていない」と指摘した。

さらに、高橋弁護士は「この判決は警察法の解釈として、特定の個人の公益を守るのが警察法なんだということをはっきりと言ってしまっていた。これは明らかに間違いです。警察法の規定というのは、特定の個人を守ることももちろん念頭に入っていますけど、それだけじゃなく、周辺の一定の範囲にある国民の生命とか身体とか財産、それも当然、守らなきゃならない。そういうことは必要じゃない、特定の個人だけ守ればいい、というふうに警察法は書いてあるというふうに判決が解釈している。これは明らかに間違いですね」と付け加えた。

小川氏は「被害者側に付かれている弁護士として、そのエネルギーの源は?」と問うた。高橋氏は「国家賠償請求訴訟を起こす人というのは反権力で、権力に対して権力は悪であるということが大半の例です。私はまったく逆で、権力を信じているわけです。その権力にちゃんと国民の生命・身体・財産守って欲しいと思っているわけです。それを不作為にして、いい加減なことをして、怠慢なことをすることに対しては、すごい怒りを感じております。国民の生命や身体を守らない、そういう権力の不作為に対しては非常に怒りを持っていて、それが私のエネルギーになっています」と明かした。

小川氏は「この6年半、加藤さんは本当に笑ったことは一度もなく、時間が止まっている。高橋弁護士もふだんは優しい人なんですが、この日は非常に厳しい顔で話をしていた。控訴するということで、今後も注視していきます」と思いを口にした。

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