ホラー映画界の巨匠・清水崇監督の最新作「牛首村」が絶賛上映中だ。〝北陸最凶の心霊スポット〟とも言われてきた富山県魚津市の旅館跡地「坪野鉱泉」で撮影が行われ、「まさかあの場所で」と驚く富山県民は多い。当初、地元住民も撮影には断固反対だったという。舞台裏を取材すると、住民たちの熱いストーリーが見えてきた。
「なかなかハードルの高い仕事になる」。富山県ロケーションオフィスを担当する県コンベンション・賑わい創出課長の前佛聡さん(55)は、まずそう思ったという。2021年4月21日、東映から坪野鉱泉でホラー映画の撮影をしたいとの連絡を受けた時のことだ。
映画は、清水監督が手掛ける「恐怖の村」シリーズの「犬鳴村」「樹海村」に続く第3弾。物語は、主人公の女子高生が、自分そっくりの高校生が映っている心霊動画を見つけ、撮影された坪野鉱泉を訪れることから始まる。次第に村に伝わる恐ろしい風習や怨念が浮かび上がり、狂気と恐怖となって彼女に襲い掛かる。モデルのKoki,(コウキ)が映画初出演・初主演を果たしたことでも話題を集めている。
楽しい思い出の場所 いつのまにか迷惑施設に
坪野鉱泉は、魚津市の山間にあった温泉旅館。県東部出身の50代以降に話を聞くと「児童クラブの行事で遊びに行った」と楽しい思い出を語る人も少なくない。魚津市生まれの前佛さんも「ホテルに併設されていたプールで遊んだ楽しい記憶がある」という。
しかし1982年に旅館は倒産。すると「霊が出る」「行くと神隠しに遭う」など、さまざまなうわさが流れ始め、心霊現象を取り上げるテレビ番組にも取り上げられた。いつのまにか〝北陸最凶の心霊スポット〟と呼ばれるようになり、肝試し目的の若者が訪れて騒いだり、暴走族のたまり場となったり。さらには破壊行為、不法投棄に不審火まで起きた。多くの人にとっての楽しかった思い出の場所が、いつしか〝迷惑施設〟になっていた。
反対多数で住民アンケート実施へ
東映は6月からの撮影を予定。遅くても5月末までに返事をしなければいけない。前佛さんは地元住民のもとに走った。
約30世帯を取りまとめる坪野地区長は「1人では決められない」と言う。そこで住民に集まってもらい説明すると「地元はこれまで、どれだけ坪野鉱泉によって苦しめられてきたと思っているのか」「映画でさらに風評が広まり、環境が悪くなっては困る」という反対意見が大勢を占めた。
一方、「ロケ地マップなどで、坪野の良い景色もPRできる」「これをきっかけに防犯体制を整えれば、迷惑行為は減るかもしれない」と前向きにとらえる住民もいた。話し合いは、住民アンケートをすることでまとまった。
5月20日、アンケート開票日。「圧倒的多数の反対で否決されるかも」と不安を抱えながら坪野地区を訪ねると、意外にも賛成が若干反対を上回っていた。ただ、このまま進めては村を二分することになりかねない。さらに住民たちは話し合いを重ね、期限ぎりぎりの5月29日にあらためて「地元賛成」の結果を出した。
「村を変えたい」 住民の期待が賛成に
前佛さんは「住民の気持ちを動かしたのは、映画をきっかけに村が変わるかもしれない、という未来への期待だったと思う」とこの1カ月を振り返る。住民たちは、これまでを思い返し、現状を放っておくだけでは何も変わらないことに気付き、行動するきかっけとして映画のロケ地という選択をした。「今回の撮影が、地域のことを真剣に考えるきっかけになったことが本当にうれしい」と前佛さん。
ロケは7月10日から6日間の日程で行われ、地元住民たちは坪野で収穫した米をロケ弁当にと提供したり、エキストラとして参加したり、撮影自体も楽しんでいたという。
上映が始まり、いよいよ地域も動き出した。東映からは、地区に設置する防犯カメラが贈られることになった。住民たちは、自分たちで管理するための準備を進めている。