劣悪な環境のペットショップで出会った成猫 「売り物ではない」という店主を説き伏せ、家族の一員に

渡辺 陽 渡辺 陽

にゅっと伸びてきた毛むくじゃらの手

トマスくん(13歳・オス)は、4年半もの間、劣悪な飼育環境のペットショップにいた。

東京都に住むまよさんは、オカメインコのBECK(ベック)を飼っていたが、誤って放鳥してしまった。連日探したが見当たらず、ひどいペットロスに陥っていたという。

そんな時、たまたまトマスくんがいたペットショップの前を通りかかり、以前からその悪評について知っていたが、ふらりと中に入ってしまった。汚いケージ、水入れはカラカラ、ぎゅうぎゅうにケージの中に何匹もの犬猫が押し込められていたという。

まよさんは胸が痛み、すぐに店を出ようとしたのだが、入り口近くの、物が前に積まれた檻の隙間から、太いグレーの毛むくじゃらの手がにゅっと伸びてきて、まよさんの足をつかんだ。それはトマスくんの手だった。

のどを鳴らして「出して」とアピール

トマスくんは狭いケージの中をいったり来たりしながら、ケージに体を押し付け、大きくゴロゴロとのどを鳴らしてまよさんにアピールをしてきた。まよさんはいてもたってもいられなくなり、「絶対にこの子を家に連れて帰る」と決意した。

店主に、「連れて帰りたい」と言うと、「この子は4歳半。病気持ちだから売り物ではない」と言われた。まよさんは、「ずっとこのままこのケージの中に入れておくつもりですか?病気でもなんでも私が世話します。ずっといい環境で育てられます」と言って交渉した。店主が「そこまで言うなら」と納得したので、まよさんは家に慌てて飛んで帰り、キャリーバックを手に再びペットショップに向かい、その日のうちに連れて帰った。店主からは売り物ではないと言っていたが、3万5000円要求された。

寝るのも食事もトイレも同じ場所

まよさんは、トマスくんを衝動的に迎え入れたが、家には先住猫の「たぬえちゃん」(チンチラゴールデン)がいた。まよさんが中学生の頃から一緒に暮らしてきた猫だった。幼いころから親が動物好きだったこともあり、いつも犬猫に囲まれて生活してきたことで、猫と暮らすのは当たり前の選択だったという。

トマスくんを家に連れ帰って見ると、大きな顔だが、くるんとカールした小さな耳がついていて、まるでアムールトラの赤ちゃんのようだった。

「こんな不思議な、珍妙な見た目の猫っているんだなと思いました(笑)」

4年半、どういう生活を送ってきたのかまったく想像もつかなかったが、おそらくほとんどの時間を狭いケージの中で過ごしてきたのだろう。ケージは、トマスくんにとって寝床でもあり、食事処でもあり、トイレでもあったので、家に迎え入れて1週間くらいは、トマスくんのために用意した段ボールベッドの中から出ようとせず、寝るのもトイレも教えようとしてもそのベッドの中でしてしまった。

「ゆっくり覚えるだろうと思ってのんびり構えていたら、しばらくすると自然にトイレも覚え、あっという間に心を開いてへそ天で寝るようになりました。劣悪な環境にいたとはいえ、殴ったり蹴ったりするような虐待を受けたことはなかったようで、人に対する警戒心は薄く、すぐに馴染んでくれました」

まよさんのところにくるまで走ったりジャンプしたりしたことがなかったからなのか、トマスくんは、1年半くらいは、高いところに飛び乗らなかった。走るのは楽しいようで、床を駆け回ったので、「グランドドラゴン」と呼んでいたという。ようやくジャンプするようになったと思ったら、目測を誤って届かなかったり、逆に高く飛びすぎたり、不思議な動きをしていたそうだ。

トマスくんに恩返ししたい

トマスくんは、まよさんと夫には、よく甘えた。名前を呼ぶと遠くからでも来てくれる、犬のような性格だ。他の猫や犬に対してはボスキャラで、特にロビンちゃんという猫には厳しくて、ロビンちゃんがまよさんに反抗的な声を上げると。叱り飛ばしにどこからか飛んでくる。一方、末っ子のソバちゃんには父性が爆発し、いつも可愛がっているという。

まよさんにとって猫たちは、子どものようでもあり、遠く年のはなれた兄弟のようでもあり、尊いことを教えてくれる師のような存在でもあるという。

「今一緒にくらしている動物たちは、夫との同棲時代や、私が出産し母になった時など、いろいろな時期にいつも一緒にいてくれました。私の人生を本当に鮮やかに彩ってくれます」

シニアになったトマスくんは、慢性腎不全と肥大性心筋症で闘病していて、毎月相当な医療費などがかかるが、まよさんは恩返しだと思っている。「人には甘えん坊で、動物たちには長男キャラのトマスが、いつまでも健やかでいてくれることを願っています」

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