温泉街に「釜めし自販機」が登場したワケ コロナ禍「逆転の発想」で事業拡大、老舗飲食店の挑戦

北日本新聞 北日本新聞

湯けむりが立ち上る温泉街に「釜めし」の自動販売機が登場し、たびたびSNSで紹介されている。種類が豊富で食欲をそそる限定版もあり、何より「釜めし自販機」自体が珍しいという。なぜ温泉街で釜めしなのか。

自販機が置いてあるのは、富山県黒部市の山あい、黒部峡谷鉄道の始発となる宇奈月駅前だ。一帯は富山県有数の温泉街で、日本三大峡谷の一つ、黒部峡谷を行くトロッコ電車の始発駅になる。自販機は紙パックジュースの販売機のような仕組みで、大きなガラス窓から多彩なラインアップが見渡せる。写真付きのメニューを見ると、「鶏肉とごぼう」(850円)「山菜」(1150円)といった定番から、ちょっとリッチな「富山湾」釜めし(1450円)まで13種類。選びがいがあるのはうれしいところだ。

海の幸がぎっしり

購入したのは黒部峡谷鉄道限定という「富山湾」。特製の箱に入っていて、コンベヤーに乗って取り出し口まで運ばれる。熱々で出てくるわけではないので、正確には「釜めし弁当」だろうか。茶色い民芸調のパッケージで風情がある。見た目は小さいが、手に持つとずっしり重い。アルミの器にシロエビ、ホタルイカ、ベニズワイガニと富山湾を代表する海の幸がぎっしり入っていた。

県産コシヒカリを使ったごはんは、しっかりと素材の味がしみていておいしい。器の底が深く、見た目以上にボリュームがあるが、具だくさんで飽きずに最後まで楽しめる。おこげの風味も楽しめ、満足度は高い。

地元人気店の看板メニュー

作っているのは、駅の近くにある「食事処 河鹿(かじか)」だ。地元では古くから知られたお店で、昭和40年ごろの創業というから半世紀以上の歴史を持つ。釜めしは開業当時、周囲にめん類や定食、どんぶりを扱う店が多く、「何か特色のあるものを出そう」との思いから始めたという。釜一つずつ様子を見ながら丁寧に火加減を調節する本格的な味が評判になり、看板メニューとして定着。トロッコ電車が運行中の4月から11月にかけて、店は大勢の客でにぎわう。釜めし目当ての地元の常連客も多い。

ただ、大勢の観光客が行き来していた温泉街は今、新型コロナウイルスの影響で出歩く人は少ない。河鹿の3代目店主・松下幸之助さん(39)は「厳しいからこそ積極的に動こうと思った」と自販機設置の経緯を振り返る。トロッコ電車の始発は午前6時台。朝早い客でも弁当が購入できて利便性が高まる上に、人との接触も抑えられる。約300万円かけ、専用の自販機を作ってもらった。

店で食べられるのは「五目」と「ホタルイカ」の2種類だが、「せっかくならいろんな味を楽しんでもらおう」と13種類を準備した。仕入れや天候、人出の見込みなどその日の状況を踏まえ、5~10種類を販売している。4月20日に設置してから約2か月、SNSなどでの評判も手伝って好調に推移している。朝方の販売がメインと思っていたが、トロッコ電車の乗客が帰りに土産として買っていくことも多く、手ごたえを感じているという。

「逆転の発想」で事業拡大

自販機がきっかけとなって、事業も思い切って拡大した。店の近くに量り売りの惣菜店「ちょっこし屋」を開いたのだ。自販機の釜めし用に新たな調理施設が必要となり、「どうせならコロナの収束後を見据えてチャレンジしてみよう」と攻めに転じた。釜めしが量産できるようになったことで、週末は自らハンドルを握り、県東部のスーパーやショッピングセンターで出張販売もするようになった。

苦労のかいあって売り上げはコロナ前の実績に近付いてきた。経費が増えた分、利益は以前より減っているものの、収束後を考えると事業拡大への期待は大きい。「ピンチはチャンスというか、コロナがなかったらこんな逆転の発想はできなかった」と松下さん。今後は、観光客が温泉街で食べ歩きできるよう、テイクアウトのメニューも増やしていく予定だという。

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