ガンダムの富野さん「鬼滅」を語る「作り手の本気は伝わる」 富山で巨匠の創作たどる企画展

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 企画展「富野由悠季の世界-ガンダム、イデオン、そして今」が富山県美術館で開かれています。3000点に及ぶ膨大な資料から創作の過程に迫る内容は一見、熱心なファンや大人向けに見えますが、会場には液晶モニターが幾つも設置され、数々の名場面が流れています。パパ、ママは放映当時を懐かしみ、お子さんは映像を見て回るという風に親子でそれぞれの楽しみ方ができる会場になっています。

 「鉄腕アトム」「巨人の星」「ムーミン」「天才バカボン」「ヤッターマン」…。40代以上の世代なら誰もが夢中になってテレビの前に座った人気作品たちです。演出や絵コンテなどで、いずれにもかかわってきたのが、富野由悠季さんです。1941年生まれの79歳。半世紀以上にわたる歩みは、そのまま日本のアニメーション史といってもいいでしょう。

 展覧会場に入ると、富野さんが手掛けてきた作品の多さに圧倒されます。今年テレビ放送開始から42年となる「機動戦士ガンダム」シリーズはもちろんのこと、どんな世代が訪れても必ず「知ってる!」「これ見た!」というタイトルが見つかるはずです。高校生以下は、観覧料無料というのも家族連れにはうれしいところです。

 子ども向けだからこそ全身全霊―「鬼滅の刃」にも言及

 開会式当日、富野さんに直接話をお聞きすることができました。ロボットアニメといえば、子ども向けと考えられていた1970年代から、ち密な設定と重厚な物語の作品を数々発表してきた富野さん。「子どもが見るからこそ、全身全霊をかけて物語を作っている」と話します。時には、主人公の大切な家族すら死に追いやるような筋立てもありました。現実の厳しさを突きつける非情な展開。「大人はストーリーに多少の不具合があっても自分で話を補って理解してしまう。ところが、子どもはそうじゃない。描かれたものを純粋に受け止めてしまう。だからこそ物語に妥協は許されない。全身全霊をかけて作っている」。マスク越しの言葉に力がこもります。

 「全身全霊」をキーワードにインタビューは、映画の興行成績が日本一となった漫画「鬼滅の刃」にも及びました。富野さんは「コミックは6巻まで読んで、『鬼滅の刃』の作者も全身全霊をかけて描いているのが伝わった。本気の物語は相手に通じる」と述べ、人気漫画の「ONE PIECE」も同様との見方を示しました。題材は何であれ、人々の暮らしの根底や思いの奥底にある不変のものをどうやって伝えるのか。富野さんは、手段の一つとして、「ロボット」という題材を選んでいるといいます。純文学では難しくなりがちなテーマを馴染みやすい題材を使って多くの人に届けようという試みのようです。

3000点の膨大な資料

 さて、会場に足を踏み入れてみましょう。美術館の展示だけに1点1点を眺めて歩くのかと思いきや、実は「読む展覧会」といってもいいかもしれません。キャラクターやロボットの設定画、絵コンテに加え、企画書やメモ、予告編用コメントなど、多数の原稿が並んでいるからです。

例えば、総監督を務めた「無敵超人ザンボット3」(1977年)。富野さんの万年筆が走るストーリー草案を読むと、宇宙の侵略者から地球を守るストーリーの陰に、「敵は果たして悪なのか」という奥深いテーマを潜ませていたことが読み取れます。今でいえば、米中の対立や中東情勢など、単純な善悪では判別できない現実の難しさと向き合おうとしているのがうかがえます。

他の作品紹介コーナーでも、自治体の総合計画のような物語の設定書を幾つも見つけることができます。国の成り立ちや人々の階級、産業などきめ細かく記され、テレビで見ていた物語は、富野さんが作り上げた世界の一端だったことが分かります。ストーリーの奥に広大な世界があるからこそ、異なる展開に想像を膨らませたり、登場人物の心境に思いをはせたりすることができるのでしょう。

まるで実写のような演出指示

 会場には、作品ごとに映像の完成イメージを描いた絵コンテが展示されています。左側に場面の絵、右側に状況の説明が書いてあり、順番に見ていくと物語の流れが分かるようになっています。注目したいのは、ここぞという場面に記された富野さんの書き込みです。ガンダムファンの中でもとりわけ人気の高い映画「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」(1988年)の絵コンテを見てみましょう。

 モビルスーツが片膝立ちで巨大ライフルを構える場面では、手書きのイラストで膝を立てている右足への重心を強調するよう作画を指示しています。ロボットにもかかわらず人間のような動きを描写することで、重量感やライフルの威力を伝えようとしているのが分かります。実写映画で役者に動きを指示する監督を思わせる書き込みです。

親子そろって歓声が上がるコーナーも

 富野作品の中には、女の子が主人公の作品もあります。革命前夜のパリを舞台にした「ラ・セーヌの星」(1975年)は、民衆を苦しめる貴族らと対決する物語です。急遽途中登板する形で、最後の1クール、13話を監督しました。会場では、最終回の演出に言及しています。

 クライマックスとなるマリー・アントワネットの処刑シーンでは、集まった群衆の表情が驚きから喜びになり、笑顔が広がっていく描写で刑の執行を伝えています。
 さらにこの場面、マリーの髪を覆っていた白いボンネットが宙に舞うシーンを重ねました。歴史に翻弄された1人の女性の哀しみを暗喩的に描くことで、単純な勧善懲悪ではない物語に仕立てようとしているのがうかがえます。富野さんの演出手腕が発揮された一例でしょう。

 随分、細かいところに注目してしまいました。もちろん、会場には名場面のセル画やキャラクターたちもそれぞれ紹介されていて、思い出のアニメや好きだった作品に出会えることでしょう。各所に置かれた液晶画面には、展示された絵コンテなどの場面が繰り返し流れています。思わず、その後の展開が知りたくなるシーンも多く、ある作品の前では小さな男の子が父親に「続きが見たい」とせがんでいました。リアルに塗装されたプラモデルが並ぶコーナーやオリジナルグッズが並ぶ物販コーナーは、親子そろって歓声が漏れてしまう一角でしょう。

 展覧会の開会直後に開かれたアニメ映画監督、細田守さんとの対談の参加者募集では、定員60人に対し、小学生から70代まで約1300人の応募がありました。富野さんは開会式で「幅広い世代に関心を持ってもらえていることは(自分の評価も)だてじゃないと思った」と笑顔を見せました。昨年12月には横浜・山下ふ頭に実物大の「動くガンダム」がお目見えし、大きな話題となりました。世代や時代を越えて愛される作品を生み続ける富野さん。「時代が支えてくれているという実感がある。この歳になり、こんな体験ができるのは大変ありがたい」とのコメントが印象的でした。

 「富野由悠季の世界-ガンダム、イデオン、そして今」は1月24日(日)まで富山市木場町の富山県美術館。観覧料は一般1,400円、大学生1,000円、高校生以下無料。館内や展覧会場内は、換気量を増やし、通路スペースをゆったり取るなど感染予防対策を行っています。

■展覧会の公式サイト https://tad-toyama.jp/exhibition-event/12618

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