千鳥・大悟「反抗期は一度もなかった…顔立ちも本当にかわいかった」!? 父が語る島で育った子ども時代

山陽新聞社 山陽新聞社

 岡山県出身の人気お笑いコンビ「千鳥」の大悟さんの父・山本清志さん(71)と母・節子さん(66)=岡山県笠岡市北木島町=に、大悟さんの子ども時代を語ってもらった。

 大悟は、父親の私と同じで笠岡諸島の北木島で生まれ、育ちました。1975年に私が26歳、妻が22歳で結婚。その翌年に長女が誕生し、2年後に次女、その2年後に長男の大悟が生まれました。

 今はやんちゃなイメージですが、子どもの頃は、手のかからない子でした。本気で泣きやまなかった記憶は2回だけ。いずれも小学校に入る前でした。子育てで苦労した印象はないですね。

 母親の目から見ると、大悟は要領がよかった気がします。姉の2人は、家事で忙しい時に限って「遊ぼう」と言ってくる。大悟は遊んでほしいと、「おかーたん、ひま?」とまず聞いてくる。それがかわいくて。

 顔立ちも本当にかわいらしかったんですよ。大きくならなければいいのに、と思ったくらい。今、テレビでは丸刈りでひげを生やし、悪役っぽいキャラでしょう。何だか複雑な気持ちですね。

家ではよい子

 父親として、男の子らしく育ってほしかったから、「男は親の死んだ時しか泣いたらいかん」と言い聞かせていました。本当に泣かなかったですよ。小学2年生の頃、自転車の操作を失敗して海に突っ込み、頭を切って血だらけになってね。何針も傷を縫ったけれど、泣きませんでした。ムカデやオコゼに刺されても、痛いはずなのに泣かない。

 家では親の言うことを守るいい子。でも学校では全く違ったようです。小中高校で保護者面談に行くたび、「うちの子はおとなしいでしょう。家であんまりしゃべりませんから」と言うと、先生が「お母さん、何を言われよんですか。一番やかましいですよ」と驚いて。こちらもびっくりですよ。

 反抗期は一度もありません。怒ったり、たたいたりしたこともない。今、テレビで見るやんちゃな姿に、「反抗期ってこんなのかな?」と思っています。

実は優しい

 私も妻も「読み書きそろばん」ができていればいいという考え方。子どもに「勉強しろ」とは一度も言ったことはありません。

 それでも姉2人はそれなりに勉強していたようですが、大悟は本当にしなかった。親の教えを一番忠実に守っていました。

 でもそれでよかったと思っています。社会に出たら、勉強より大切なものがあるでしょう。その一つが社交性。大悟は抜群でしたね。高校時代は野球部だったんですが、試合を見に行くと、大悟が打席に立つと盛り上がりが違う。その姿にたのもしさを感じました。

 普段、家族にはぶっきらぼうですが、私が手術が必要な病気になった時、大悟は有名な先生を調べてくれました。台風が近づくと、「早く避難せえよ」と必ずメールが来ます。芯は優しいんですよ。

きょうだい仲良く

 島で生まれ育ったので、通学の関係で、うちの子は3人とも高校生になったら本土に家を借りて、子どもたちだけで共同生活を送りました。

 きょうだい3人で暮らし、助け合ったことで、今でも仲がいい。親がサインを頼んでもなかなか送ってきませんが、姉が頼むとすぐに届くそうです。

 親子一緒に暮らしたのは中学生まで。だから自然と子離れは早かったと思います。でも子育てが終わった感覚はないですね。3人の子ども、それぞれに2人ずついる孫のことは、いつも気になります。この気持ちは死ぬまでなくならないでしょうね。

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