82歳で引退した精神科医、妻との愛の日々… 映画「精神0」が描く老いの“その先”

黒川 裕生 黒川 裕生

心の病と共に生きる人たちを鮮烈かつ温かいタッチで描いた想田和弘監督によるドキュメンタリー映画「精神」(2008年)で、多くの患者から慕われていた精神科医の山本昌知氏が、2018年3月、82歳にして引退することになった。惜しまれながら診療所を去った山本氏を待っていた“第2の人生”は、妻芳子さんとの新しい日々。精神医療に捧げた山本氏の「その後」に想田監督が再びカメラを向けた新作「精神0」が5月2日から、全国の映画館やネット配信「仮設の映画館」で公開される。

想田監督はニューヨーク在住だが、新作が完成すると来日して各地で精力的に取材に応じるのが常だった。しかし今回は新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全てのインタビューをスカイプで実施。さらに緊急事態宣言や自治体の休業要請により映画館の休館が相次いでいることを受け、リアルの映画館にも収益を配分する「仮設の映画館」を急遽立ち上げるなど、キャンペーンは異例尽くめの様相を呈している。

容赦ない「老い」の影

「精神0」の全編にわたって色濃く漂うのは、山本夫妻が直面する容赦ない「老い」の影だ。特に、想田監督が自宅を訪ねた際に飲み物を用意しようとする山本氏の危うげな手つき、そして映画終盤のほとんど命がけとも感じられる2人の墓参りの様子には、見ているこちらがハラハラさせられてしまう。

「仰る通り、お墓参りも2人にとっては命がけ。ほんの100mを歩くのも一大プロジェクトなんです。カメラがない日も当然、毎日毎日そういう生活をされている。冷酷なようだけど、高齢者が日々直面している現実をオブラートに包まずきちんと描くことから逃げてはいけないと思いました」

「本当は撮影している僕がお助けすればいいんだけれど、それをしちゃうと山本先生と芳子さんが普段どんな生活をしているかを撮れなくなる。心を鬼にして撮り続けました」

厳しくとも「心の平和」は失わない2人

自身の作品を「観察映画」と呼び、毎回テーマを設けずに被写体と向き合う想田監督。本作も引退する山本氏を撮る、ということ以外は何も決めずに密着を始めた。

「最初は引退前の仕事ぶりを撮ったんですが、診察室では“全能の神”のように患者さんと向き合っていたのに、1歩外に出ると完全に1人の高齢者なんです。さっきまで人を助けていたのに、むしろ逆に助けが必要な状態。山本先生には『精神』の頃からずっと助けられ、頼りにしてきただけに、その現実を目の当たりにして改めて衝撃を受けました」

「そんな厳しい中にあって、“あの”山本先生がどう生きていくのか。老いや死から逃げられる人はいません。山本先生と芳子さんは、客観的には相当きつい状況でも『心の平和』は失っていない。どうしてそれが可能なのか。あの2人の佇まいや、老いを受け入れて生きる姿勢は、コロナ禍の不安に怯える今の僕たちにとっても、大きなヒントになるはずです」

図らずも“純愛映画”になってしまった、と想田監督は笑う。

また対面取材ができる日が早く戻りますように…

最後に、今回のスカイプ取材はどんな手応えですか?

「実際に会って話すインタビュー取材って、本当にいいもんだったんだなと改めて痛感しています(笑)。もちろんこういう形でもお話ができるというのはありがたいですが、どうしてもヘルメットの上から痒いところをかくようなもどかしさが拭えません」

「コロナ禍が終息して、また全国を回れる日が戻ってくるのを願っています」

◾️「精神0」公式サイト https://www.seishin0.com/

◾️仮設の映画館 http://www.temporary-cinema.jp/seishin0/

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