池江選手の白血病公表で骨髄ドナー増えたが…「本気でない」登録者が奪う患者の希望

ドクター備忘録

井上 大地 井上 大地

 「池江選手のおかげで、ドナーバンク登録者は増加しました。でも、みなさんそこまでの覚悟はないようで、断られ続けております。骨髄提供の手紙は、決められた人数までしか出せません。答えが来てから、次の人…となります。どうか、提供する意思がないのであれば、登録を解除してください」

 白血病など重い血液の病気に罹患している人にとって、骨髄移植手術はまさに「命をつなぐリレー」といえる。そしてドナー登録者のなかから自分のHLA(白血球の型)に適合する登録者が現れるのをひたすら待つ身でもある。ある白血病患者がSNSに投稿した切実な思いが話題となった。「本気でない」登録者が患者に与える影響について専門の医師に解説してもらった。

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 「骨髄移植」と聞いて実際のイメージが湧く人がどれほどいるだろうか?白血病などの血液がんの患者さんの中には、通常の抗がん剤治療だけでは再発のリスクが高く治癒に至らない方も多い。そのような患者さんに第三者の造血幹細胞(すべての血液のもととなる細胞)を移植する治療である。

 つまり、造血系や免疫系をそっくり入れ替えてしまう、現代医療の中で「荒治療」の最たるものと言える。患者さんの造血・免疫系を壊すための抗がん剤や放射線療法が必要であり、移植後の拒絶のリスクや免疫細胞による望ましくない攻撃を受けるリスクもある。

 一般的にドナーとなる第三者はHLAが患者さんと適合していることが望ましい。しかし遺伝的に同じ父母から血を分けた兄弟姉妹であっても適合する可能性は4分の1しかない。親子間での適合は稀であり、少子化が進む日本ではドナー細胞を日本骨髄バンク登録者の善意に委ねることとなる。

2019年10月末現在で52万人以上が登録

 これまでの啓蒙の成果で、日本骨髄バンクには2019年10月末現在で52万人以上が登録されている。月ごとの登録者は2000人からから4000人ぐらいで推移してきたが、2019年2月のみ1万人を超えるドナー登録が報告されている。同月に競泳女子のエース池江璃花子選手が白血病を公表したことが契機になったと考えられる。

 ドナーが増えることはそれだけ適合するHLAが増え、白血病の患者さんが救われると期待されるわけであるが現実はそう甘くはない。まず、ドナーの選定はHLAなどのデータベースを元にしたマッチングシステムにより、候補者が選定される。この時、バンクから声をかける候補者数の上限は決まっているため、キャンセルがあれば改めて次の候補者にあたらなくてはならない。

数週間の遅れが致命的になりうる

 つまり、「本気でない」ドナー登録者が多数いれば、それだけドナーの選定に余分な時間がかかってしまうわけである。移植療法にのぞむような白血病の患者さんにとっては、数週間の遅れが致命的になりうること、そしてドナーが見つかりそうで見つからないという精神的負担を考えれば、ドナー登録の段階でさらなる説明と同意が必要なのではないだろうか。

 骨髄移植のドナーの方は7回前後の通院が求められ、実際の採取にあたっては全身麻酔で骨盤の一部に太い針を刺して物理的に骨髄を抜き取る作業が必要なため通常3泊4日の入院が必要となる。また絶対に採取前にインフルエンザなどの病気や交通事故を避けないといけないという制約もある。

 仕事を休むリスク、家族の了承が得られないリスクなど、社会の一員として生きている以上ひとりの都合だけで決められないことも沢山あるだろう。ドナーを募集する際にはこのようなイメージを登録前にしっかりと持っていただくことは必要だろう。最近では、ドナーの負担がより少ない末梢血中の造血幹細胞を採取する方法もある。この場合は全身麻酔は不要であるが、骨髄から末梢血中に造血幹細胞を動員するG-CSFの注射が必要である。

 医学的には、ドナーは若くて健康で体格がよくてピチピチの細胞を持っていることが望ましい。同じ条件で25歳と50歳なら迷わず25歳を選ぶ。しかし、社会情勢や経済基盤の不安定性からドナーが躊躇する気持ちもよく分かる。私自身も血を分けた兄弟に断られたケース、嫁に行ったHLA適合の娘さんに適合しなかったと言って欲しいと懇願されたケース、ようやくたどり着いたドナー候補に断られたケース、などを経験した。

 ドナー登録のステップ、ドナーの負担軽減が白血病患者さんの利益につながることを考えて社会全体で支援する取り組みが必要である。自治体によってはドナーに助成金を支給する制度があるが、もっと大きなインセンティブがあってもいいのではないかと考えている。

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