「5年間無収入だった」「役者という職業は最悪さ」 自虐発言の裏には熱い映画愛 アジアを代表する名優アンソニー・ウォンが若手監督と組む理由

石井 隼人 石井 隼人

アジアを代表する名優アンソニー・ウォン(62)が、主演最新作『白日青春-生きてこそ-』(公開中)PRのために約3年ぶりに来日した。“最狂”の香港映画として未だに恐れられている『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年)や、香港ノワールの代表作『インファナル・アフェア』(2002年)で知られる名優で、1985年のデビュー以来、出演作は200本以上。ところが2014年に香港であった反政府デモを支持したことを理由に、中国市場から締め出しを受け、5年間は無収入だったことを公言している。

ナゼ?連発するネガティブ発言

香港に住む難民の少年と心を通わすタクシー運転手を演じた『白日青春-生きてこそ-』は、中華系マレーシア人4世のラウ・コックルイによる長編映画監督デビュー作。ウォンが主演した前作『淪落の人』(2018年)も新人監督による作品だった。

「私がなぜ新人監督の作品に出演しているのか?それは他からオファーがないからだな。私に仕事を持って来てくれるのは新人監督ばかりだよ」

確かにオファーのない現状は否定できないのだろうが、それにしても自虐めいた口ぶり。ネガティブなことを言いつつも、実際は若い映画人を育てたいという熱い想いもあるのでは?

「そんなことはない。とんでもない誤解だ。私はそんな善人じゃないからね」

『淪落の人』出演の際は、監督の才気に惚れたのと低予算であることに配慮してノーギャラで主演したという噂もある。

だがウォンは「ギャラを受け取らなかったのは事実。でもその理由は…忘れた!今回の『白日青春-生きてこそ-』も私が前回ノーギャラで出演したという話を聞いてオファーしてきたんじゃないの?」

取り付く島もないとはこのことだ。

手元にまさかの日本語が…

 大衆食堂を経営する一家を皆殺しにする『八仙飯店之人肉饅頭』を筆頭に、バイオレントな作品にも多数出演しているウォン。“怪優”と評されるだけあって、素顔もハードボイルドな怖い人なのだろうか…と思った次の瞬間、あるものが目に飛び込んできた。

ウォンの手元に置かれた単語帳とボールペン。開かれたページには「Gokuro sama desita(ゴクロウサマデシタ)」との労いの言葉が書いてある。

そういえば『白日青春-生きてこそ-』でウォンが演じているのは、不器用ゆえに素直になれず頑固になっている初老のタクシー運転手。これはもしや…。新人監督との撮影現場の様子を聞いてみた。

「新人と一緒に仕事をする際には色々な問題があるな。彼らは経験が浅い分、現場の流れを知らないわけだ。そんな時は私のような経験者が少し時間をかけて教えてやるのが道理。それはまるで父親が息子に大切な何かを教えるのと同じ感覚だ」と熱い言葉を紡ぐ。しかしすぐに「時間をかけてダラダラするのが嫌いだから私が教えてやる。ただそれだけの理由だ。もう少し私が若かったら新人なんざ『何をしとるんだ、このバカ!』とビンタの嵐だよ」

ワイルドを装いつつも、にじみ出るような優しさ。そして少し照れくさそう。その証拠に、こちらをジッと見つめながら話すクリクリした眼差しは温かい。

62歳のツンデレ天邪鬼

ふと思い出した。取材部屋に入ったとき、こちらが感謝の意を告げるとウォンは言った。

「何を言うんだい?それはこっちのセリフだろ?君はこの映画を気に入り、好きだと言って取材に来てくれた。それだけで私は嬉しい。特に日本人の観客は映画を観る目が肥えているからな。君たち日本人の鑑賞能力の高さには毎回驚かされるよ。きっと趣味が良いのだろうね」と。

ウォン、あなたはなんて天邪鬼なんだ…62歳、いぶし銀のツンデレかよ!

本作のコックルイ監督を含め、新世代の若い映画人は経験豊富なウォンの背中から多くを学び、それが種となっていつの日か大きく花開くことがあるだろう。そう褒めると「私がそんなことまで考えているわけないだろが!」と毒づくも「私はドラキュラさ。若い奴らと組んで、奴らの新鮮な精気をチューチュー吸い取っているんだ。面白いだろう?」とまんざらでもない様子でオヤジギャグを放つ。

アジアを代表する実力派であり、自分の信念を曲げない男。シャイだが心根は実は優しい。これからを担う新人たちからのオファーは名優へのリスペクトの表れだ。そのリスペクトはアジアだけにとどまらず、ヨーロッパにまで。フランス人監督オドレイ・ディワンによるリメイク版『エマニエル夫人』にもウォンはキャスティングされた。

俳優としての矜持を問うてみた。

「役者という職業は最悪さ。生産的なことを何もしていないじゃないか。オファーが来るのをひたすら待ち、いざ現場に行ったら自分がNo.1だと思っている人間ばかりでどうしようもない。どんなに寒かろうが、街角にバカみたいに立ってカメラに向かったりする。異常だろ?」と例によってまずは毒づいて見せる。

だが続けて「でも不思議なんだよ。私は役を演じている時だけ“あ、生きてる”と思う。何も演じていないとまるで死んでいるような気持ちなんだ。本当に不思議」と人生観を重ね合わせたようなキザなセリフをさらりと口にする。

日本の映画ファンが応援する方法

『白日青春-生きてこそ-』の演技は、台湾の第59回金馬奨で最優秀主演男優賞をウォンにもたらした。

「ま、私には役者しかできないからね。ほかに選択肢がないからやむを得ずやっているだけ。私だって辞めたいよ?でもこれしか私にはできないんだ」とウォン。本作での受賞を祝福するも「…はああ、私はなんて運の悪い男なんだろうか」と最後の最後まで天邪鬼。

ウォンにはこれからも元気に、シャイな憎まれ口を叩き続けてほしい。アジアを代表する名優を応援する方法はただ一つ、出演作を観ることだ。

取材を終えた著者に対し、ウォンはスッと立ち上がり別れの挨拶をしてくれた。「ゴクロウサマデシタ」と満面のスマイルで。

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