駅の首席助役から宝塚音楽学校の寮長へ! 生徒の人生相談に応じることも 華麗なる“転身”が示すタカラヅカと阪急電鉄の密な関係

雲雀丘 夙子 雲雀丘 夙子

阪急の主要駅で、朝夕ラッシュ時にホームで利用客らを誘導している、黄色い制服を着た若者たちを見かけたことはないだろうか。若者たちは「臨時案内係」という阪急電鉄に雇われたバイトである。応募できるのは原則として大学生や専門学生のみで、筆者が10年以上前に阪急の某駅でアルバイトをしていた時は「学生班」と呼ばれていた。

筆者にとって、阪急学生班は最初のアルバイトということもあり、最初の1年くらいは驚きの連続であった。いろいろある中で特に驚いたのが、大変お世話になった現場トップが「宝塚音楽学校の寮長」になったことだった。

鉄道の現場はピラミッド体制

阪急に限らず、鉄道の現場は見事なまでのピラミッド体制だ。駅だと、トップの位置するのが駅長や首席助役だ。次に助役といった中間層があり、若手の駅員と続く。当然だが、学生班はピラミッドの最底辺に位置する。

「最底辺」というと言葉は悪いが、待遇の悪さを実感したことは1度もない。筆者が在籍した班では首席助役が現場トップだった。首席助役は1人ではなく、1週間を3〜4人体制でローテーションで回す。ただしローテーションといっても均等ではなく、頻繁にあう首席助役もいれば週1回しか見かけない方もいた。

学生班の直属の上司は首席助役になる。仕事前には首席助役からの指示や連絡事項があった。当然のことながら、学生班と首席助役との関係は密になる。筆者も何人もの首席助役にお世話になった。

「A首席助役が宝塚音楽学校の寮長になる!」

阪急といえば宝塚歌劇団を思い浮かべる方も多いだろう。宝塚歌劇団は阪急電鉄の一部門である「創遊事業本部歌劇事業部」が運営する。つまり、阪急の子会社ではないため、電鉄と歌劇との関係は密接なのだ。このあたりは阪急の創業者、小林一三の歌劇に対する思い入れと小林イズムを守る阪急の姿勢が感じられる。

宝塚歌劇団に入るには宝塚音楽学校を卒業しなければならない。学校には寮「すみれ寮」がある。現在の「すみれ寮」は2015年3月に完成し、面目を一新した。ちなみに、宝塚音楽学校は全寮制ではない。

「すみれ寮」には学生を見守る寮長がいる。寮長は阪急の社員から選ばれるが、対象者はあくまでも背広組から現場組も含めた全社員だ。寮長になるには仕事ができるのはあたりまえ。プラス人格的に優れている必要があるのだ。

さて、筆者が学生班で働き1年がたった頃、お世話になっていた首席助役が「すみれ寮」寮長に選ばれたというビックニュースが飛び込んできた。社員も先輩も興奮気味に話し、「やっぱりA首席はすごいよ」の声が飛び交った。まるで、駅から社長が選出されたような、そんな雰囲気だった。

一方、当のA首席助役はいつも通り淡々と仕事をこなしていた。私達、学生班も「寮長就任おめでとうございます」とあいさつしたが、少し恥ずかしそうな表情を見せていた。

寮長就任を歓迎しつつも複雑な感情も

A首席助役はどちらかというと、寡黙な方だったように思う。もう詳細は忘れたが、バイトを始めた頃にミスをすると、ホーム上で手招きで呼ばれ、一言二言アドバイスを受けたことがある。仕事後も説教があるわけでなく、かと言って長々と励ますわけでもない。個人的に、A首席助役のアドバイスが精神的に楽だった。

ところで、学生班の中でもトラブルは起きる。無断欠勤とか仕事をサボるという類の話は実際にあった。基本的には班内で解決しないといけないが、どうしても首席助役の力を借りることもあった。

A首席助役も基本的に「班内で解決しなさい」と直接介入は避けていた。が、「どうしても」という時は、トラブルメーカーに短くビシッと説教をしていた。短いお説教は効果てきめんで、トラブルは一気に解決した。今から思うと、言葉やメッセージに力があったのだろう。

もちろん、学生班はA首席助役の寮長就任を心から祝っていた。一方、「新しい首席助役とうまくやっていけるのか」といったA首席助役離任後を心配する声も相次いだ。いや、むしろ「心配」の声の方が大きかったような気がする。それだけ、A首席助役は慕われていたのだ。

寮長への就任以降、A首席助役と言葉を交わすことはなくなった。人づてに聞いた話によると、寮では生徒からの人生相談にのっているという。豊富な社会経験をバックボーンに持つ人格的に優れた阪急社員が宝塚音楽学校、しいては宝塚歌劇団を支えてきたのだ。

鉄道を支えるには多くの社員やアルバイトが必要であり、駅長や首席助役はさまざまな人々と円滑な人間関係を構築しなければならない。長年の業務で培われたコミュニケーション能力や人を惹きつける魅力が学生教育に活かされるのだろう。

※この記事は10年以上前の経験を基に作成しました。

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