過度なコンプラに抵抗し続ける荒井晴彦監督、76歳で「新境地」と評され苦笑する 綾野剛、柄本佑の共演で話題の映画「花腐し」に手応え

黒川 裕生 黒川 裕生

「新境地だと評価してくれる声も聞くけど、76歳で新境地って言われてもねえ…」

綾野剛を主演に迎えた映画「花腐し(はなくたし)」の荒井晴彦監督はそう苦笑する。タバコを吸いまくり、酒を飲みまくり、男と女が激しく愛を交わしまくる2時間17分。物語の舞台は10年前という設定だが、「雰囲気は完全に昭和」と言ってまた笑い、「過度なコンプライアンスに抵抗しているんですよ。今はタバコもセックスも避けられがちなので、『よし、やってやるぞ』と。まあ、作っているのは76歳のおじいさんですから」と嘯(うそぶ)く。

インタビュー開始早々「その話は飽きた」

原作は芥川賞を受賞した松浦寿輝の同名小説。映画化の経緯について質問すると、前日から取材続きだったという荒井監督は「その話はもう飽きた。言っても面白くないよ」と本当に口をつぐんでしまった(笑)。とりあえず挨拶代わりに、と思って当たり障りのないことを聞いたのが裏目に…申し訳ありませんでした。

「赫い髪の女」(1979年/神代辰巳監督)や「Wの悲劇」(1984年/澤井信一郎監督)、「ヴァイブレータ」(2003年/廣木隆一郎監督)など、脚本家として数々の名作、話題作を手掛け、日本映画界で強烈な存在感を放つ荒井監督。本作のきっかけは20年ほど前に遡るという。

ある映画祭で廣木隆一監督と俳優/映画監督の竹中直人が酒を飲みながら「花腐し」を映画にしたいと話しているのを聞いて、初めてその小説を知った。2人の映画化の話は結局立ち消えになり、長い紆余曲折を経て荒井監督が自身の監督4作目として撮ることに。「前作『火口のふたり』(2019年)をそれなりに楽しく撮ることができたので、体力があるうちにもう1本やろうかなと思って」と荒井監督は言う。脚本は弟子筋に当たる中野太さんと荒井監督の両名がクレジットされている。

タバコ、酒、セックス

梅雨の濡れた街で邂逅する、映画監督の男(綾野剛)と脚本家志望だった男(柄本佑)。2人の人生は、ある女優(さとうほなみ)との奇縁によって交錯していく—。

原作ではデザイン事務所を経営していた主人公の設定をピンク業界に生きる映画監督にしたり、ホン・サンス監督「ハハハ」(2010年)を意識した物語構造を取り入れたりするなど、映画化に当たり大胆に脚色した。

「原作は男2人がもそもそ話しているシーンが長いので、互いに同じ女のことだと知らずに思い出話をするという『ハハハ』みたいにしてみました。映画に出てくるバーの店名が『気まぐれな唇』なのも、ホン・サンスの映画のタイトルにちなんでいます。だから、“Thanks for ホン・サンス”なんですよ。ホン・サンスで僕が一番好きな映画です」

「設定は変えたけど、原作の持っている袋小路に迷い込んだような閉塞感や停滞感は共通しています。違う世界をやっているつもりはありません。(原作者の松浦に『映画作家として“超訳”してみせた』『超絶的な美技』『とても素晴らしい映画』と評されていることについて)原作者に言われると居心地が悪いな(苦笑)。でも、こういう映画は今あまりないですね。最近は映画が、若い人向けに作られ過ぎていますから」

こういう映画、とは?

「例えばタバコ、酒、あとはセックス。昔の映画でタバコのシーンが消されたりするなんてことを聞きますが、歴史を変えるのと同じですよそれは。僕は抵抗したい。まあ、それにしても今回の綾野(剛)と(柄本)佑は吸い過ぎだと思うけどね。見ているだけで肺癌になりそう(笑)」

セックスといえば、近年映画での活躍も目覚ましいさとうほなみの堂々たる存在感にはほとほと恐れ入りました。

「城定秀夫監督の『愛なのに』(2022年)に出ているのを見て、この子いいなと思ってオーディションにお呼びしたんです。昭和の匂いがするところもいいし、僕が求める絶妙な顔や芝居をしてくれるところもいい。綾野の前と佑の前で、表情が全然違うでしょう。それぞれと付き合っていた時期は10年くらい隔たりがある設定なので、最初は時間経過をヘアスタイル(かつら)の変化で表現しようと思っていたんですが、それをやめることにしたら彼女がすごく喜んでいたのを覚えています。髪型とか、そういう問題じゃないんだよね」

「僕の好きな映画はできたかな」

雨に濡れた街で、夢と現の狭間に迷い込んだかのような世界を描き出してみせた荒井監督。本作を「新境地」と評する声もあるが、「76歳でそんなこと言われても」と当然、素直には喜ばない。とはいえ「僕の好きな映画はできたかな」という手応えはあるようだ。

「『花腐し』では、雨の“境界線”をくぐった先は何でもあり、と決めてしまった。そうすると、映画青年的には本当に何でもできるようになったんです。あのアパートは本当にあるのか、佑は生きているのか、女の子は実在するのか…。映画としては難しいことを結構やったので、確かにちょっと変わったかな。新境地と言われているのは、多分そういうことでしょうね」

そして、本作で大きな役割を果たすのが、往年の歌謡曲の数々である。中でも山口百恵が歌った「さよならの向う側」は、エンドロールであっと驚く使われ方をしている。

「この曲は宮本浩次(エレファントカシマシ)のカバーを聴いて『お、いい曲じゃん』と思ったのが最初かな。それで2、3年前にNHKで放送されていた山口百恵のさよならコンサートも見たんですけど、これを歌い終えてマイクを置くんですよね。この映画のテーマにもピッタリじゃん、よしエンドロールで使わせてもらおうと思ったんですけど、許諾が取れなかったんですよ」

「それで急遽カラオケのシーンを作って、ああいう形になりました。綾野ファンに向けたサービスにもなっていて、いやはや我ながらずるい手を考えたな、と(笑)。映画は暗くて悲しい話なんだけど、でも最後にあれを持ってくることで、意外と心地良い余韻が生まれていますよね。やっぱり困った時は、歌です(笑)」

◇  ◇

最初の不用意な質問で空気が一瞬ピリついたときはどうしようかと思いましたが、その後のインタビューは終始、和やかな雰囲気で進行。大阪の舞台挨拶で綾野剛が荒井監督のことを「実はとてもシャイでチャーミングな方です」と言っていた理由がよくわかった気がしました。

「花腐し」は11月10日、テアトル新宿やシネ・リーブル梅田など全国で公開。

【公式サイト】https://hanakutashi.com/

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